<85>早貴被告は「警察が疑っているから早くお金を手にしたい」と言った
「私は飲ませていませんから」
誘いをかけても早貴被告は乗ってこなかった。こんな質問は死亡翌日から何度もしているが、彼女は頑として認めなかった。
田辺署の裏にある霊安所には葬儀屋さんが数人来ていて、社長の遺体は棺桶に入れられて霊柩車で自宅に運ばれた。そこで葬儀屋のTさんの手によって、社長の表情を柔らかくする作業が行われた。開いていた口も閉じられて、口の中に綿が入れられ顔が柔和になっていく。凄い技術だと敬服せざるを得なかった。
「これで帰りますが、仏様にはご飯を供えて下さい」
棺桶脇に簡単な祭壇が置かれており、葬儀屋のTさんたちが帰った後に、そこにご飯を供えることになった。
「ご飯は?」
私が聞くと、早貴被告は棚に置いてあったインスタントのご飯を電子レンジで温めだしたので驚いた。ご飯を炊いて茶碗に盛るのだと思っていたが、私の感性が時代に追いついていなかったのだろうか。まあ、昔は薪でご飯を炊いたのだから、電気やガスで炊いたご飯も昔の人は承服できなかったのかもしれないが、それにしてもインスタントとは……。しかも茶碗に普通盛りをして祭壇に置こうとした。