Netflix「浅草キッド」が話題 ビートたけしの“生きざま”を知る5作をキネマ通イラストレーターが解説

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 ビートたけしのツービート結成までを描いた青春映画「浅草キッド」(Netflix)が話題だ。母の期待を裏切って大学生活から逃げ、芸人として生きることを決意すると、生涯の師匠と仰ぐ舞台芸人・深見千三郎と出会う。今や「世界のキタノ」と称される孤独な青年の第一歩は、その後の人生にどんな影響を与えたか。映画通イラストレーターのクロキ・タダユキ氏が、たけしの監督作や出演作の中から5本を厳選。その生きざまに迫る──。
(イラスト・文=クロキタダユキ)

  ◇  ◇  ◇

■憧れの高倉健との共演に興奮

「夜叉」1985年

 昭和の名優・高倉健とたけしが初共演した人間ドラマは、大阪ミナミのヤクザ2人を中心に描かれる。一人は伝説となった修治(高倉健)で、裏家業から足を洗い、小さな港町で家族とともに平穏に暮らしていたところへ、ミナミから来たシャブ中の矢島(たけし)が現れる。それをキッカケに再びミナミの地に足を踏み入れ……。

 高倉からオファーを受けたたけしは当初、出演に戸惑いがあったという。それでも大スターに体当たりの演技でぶつかっていく。

 矢島は、危険だが情けない男。そんな救いようのない男を一生懸命に、まるで田舎のガキ大将のように演じている。周りの役者の演技と比べるとどこか浮いて見えるように感じるのは、憧れのスター「健さん」と一緒に仕事ができることの興奮を抑えきれなかったからだろう。

 自分の尊敬する人の前では本気でぶつかる。きっと師匠・深見との舞台でも、そんなたけし青年の姿が見られたに違いない。

 この共演を機に「たけちゃん」の愛称で呼ばれるように。高倉の訃報に触れたコメントで、本作の共演で大スターの謙虚さと懐の深さに触れ、感動したことをユーモアを交えながら語っていた。

■下積み時代の憤りを銀幕に

「その男、凶暴につき」1989年

 構想段階では、深作欣二監督がメガホンをとる予定だったが、都合がつかなくなり、酔った勢いでたけしが監督を引き受けたという。本人が後日そううそぶいた、北野映画の第1作だ。

 たけし演じる我妻は、警察署内で問題児扱いされていた。その唯一の友人・岩城刑事(平泉成)は、実は裏で麻薬組織とつながっていて、発覚を恐れた組織に自殺と見せかけ殺害されてしまう。その事実を知った我妻は隠蔽を図る組織に嫌気がさし、暴走する。

 見る者にビンタを食らわすようなオープニングから衝撃のラストまでスタイリッシュに活写。クライム映画の秀作として国際的にも評価が高い。BGMに使われる単調なリズム音楽も、不安を駆り立てゾクゾクさせる舞台装置になっている。

 本作から伝わるのは、たけしが下積み時代に感じていたであろう憤りだ。

 学業を捨て、師匠・深見の門を叩く。漫才をやると宣言したのに破門となり、酔っぱらい相手に漫才を続ける毎日だった。そんな当時の心の中に鬱積した憤りを、銀幕に叩きつけたように思えてならないのだ。

 本作撮影中、本人はこう語っている。

「映画監督はただただ面白い。いいオモチャをもらいました」

■音を消してもわかる命のはかなさ

「HANA-BI」1997年

「ソナチネ」発表後、欧州で高評価を得た北野映画7作目は、ベネチア国際映画祭で金獅子賞に輝く。はかない人間ドラマも、刑事とヤクザのかかわりが下敷きになっている。

 主人公の刑事・西(たけし)は、とにかく寡黙でニヒル。余命わずかな妻(岸本加世子)と2人きりで暮らしていると、生活が一変する。同僚の堀部(大杉漣)が凶悪犯の放った銃弾を浴び、障害者に。そのせいで妻子に逃げられ、絶望し自殺未遂をするまで追い詰められる。

 西は堀部のカタキを討とうと犯人を追いつめるが、今度は目の前で若い部下が命を落とす。責任を感じ、警察を辞職。破滅状態で、妻のためにヤクザから多額の借金をし、単独で銀行強盗を強行。妻を車に乗せて、あてのない旅に出る。

 人のもろさや命のはかなさをテーマに、美しい映像でつづる。黒沢明も絶賛したが、その黒沢は翌年に他界。36歳で師匠・深見の孤独死を経験してから14年後、円熟味を増した50男に、尊敬する巨匠を失った心の痛手は大きかったはずだ。

 50歳にもなると、大切な人の死に何度となく直面する。高倉健が演じてもいいほどの、主人公の寡黙さは、男の苦悩を反映しているのだろう。本作はセリフが極めて少なく、音を消して見ても、おおよそのストーリーが分かる。

 それでいて要所要所でボケをかます主人公が、たけし作品ならでは。薄暗い部屋で、ウイスキーグラス片手にしみじみ見てみたくなる秀作だ。

■タイトルに込めた実父の解放

「菊次郎の夏」1999年

 祖母と2人暮らしの小学生・正男は両親を知らない。偶然見つけた写真から、母は愛知県豊橋に住んでいることを知り、ひょんなことから赤の他人の無職でチンピラの菊次郎(たけし)と母捜しの旅に出る。

 たけしは、実父の名前を本作のタイトルに冠している。その父は婿養子で塗装職人。人が良く子宝にも恵まれたが、酒癖が悪かったとか。

 劇中の菊次郎は、酒を飲まなくても迷惑千万。非常識で悪ふざけの度が過ぎる。たとえばヒッチハイクで車がなかなか止まらないとキレて、道路にクギを仕込む。通りがかった車がパンクで事故を起こすや、スタコラ逃げ出す始末だ。

 正男は結局、再婚して新しい家庭を築いてる母を遠目に見て、泣きながら無言でその場を去る。菊次郎は正男を元気づけようと、風変わりな連中を巻き込みながら、スイカ割りやだるまさんが転んだなどの遊びに興じるが、そんな夏の日々はやがて終わりを告げる。

 本作は、前年に亡くなった黒沢明の演出法の影響が色濃く、幼いころの絵日記をめくるような感覚を覚える。たけしは、生前苦労をかけたであろう父を、本作で解放してあげたかったのではないか。不思議な優しさが映像からにじみ出ている。

 たけしは好きな作品に「鉄道員」や「自転車泥棒」を挙げる。本作も、それらと同じモノクロで撮った方がより味わい深い一本になったと思う。

■北野作品は重いと思う人にこそ

「龍三と七人の子分たち」2015年

 侠気あふれたヤクザだった龍三(藤竜也)も、いまや堅気の息子夫婦の家での居候で窮屈な隠遁生活を送る中、オレオレ詐欺に引っかかる。

 それに気づくと、カネを受け取りに来た受け子に“詫び”で指詰めを要求。ビビった受け子はカネも受け取らず逃走する。

 その一件で、背後に卑劣な犯罪組織の存在を知る。後期高齢者となった昔の“危ない仲間”たちとともに組織成敗に立ち上がるのだ。

 本作は、とにかくテンポがいい。たけし本人の体験やブラックなネタを随所に交え、思わずクスクス笑ってしまう仕掛けに。面白い4コマ漫画を続けて見ているようなテンポのよさで、実に小気味いい。

「客に媚びるなよ。何が面白えかはオメエが客に教えてやるんだよ」

 そう深見師匠に叩きこまれたたけしならではの芸人魂を感じる本作。北野映画は重いと思ってる人にこそお薦めだ。

 たけし作品には、暗さや孤独が描かれることが多い。それについて「菊次郎の夏」の公開後の告白が興味深い。

「映画は自分の履歴書を書き直してるみたいな気がするね。最近ね、やっぱり本当は映画の中の自分っていうのが意外に本物っていうか、『俺こんだけ暗いんだよ』っていうのがあるかなと。だからヤバイヤバイと思って、映画変えなきゃって。映画を変えるってことは、自分も変わるってことで。もうちょっと明るいの撮りたいとか、生きなきゃなっていうのは、実は自分のことなんだけどね」

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