笠智衆3部作編(3)「岸本さんからは生命感があふれていて、笠さん演じる老人との対比になっている」
圭作は、金目当てに自分を追いかけてきた麻美と昭二にポンと150万円くれてやったり、沢村貞子演じる老婦人をナンパしたりする。
「笠さんは沢村さんと宿を共にしますが、沢村さんは人妻で、夫を裏切れないということで何もなく終わるんです。沢村さんは約300本も映画に出ている女優ですからね。一線を越えそうになる時、ギリギリのところでのかわし方がうまい。沢村さんは戦前に左翼演劇運動に参加して2度捕まっていて、映画へ本格的に出だしたのはその後なんです。やはりこの年代の女優さんは経てきた遍歴が凄いので、さりげなく人生の年輪を感じさせる演技をしますね。また沢村さんの場合は芸能一家で甥が津川雅彦と長門裕之、弟が加東大介、兄が沢村国太郎なんです。沢村国太郎さんといえば僕らの世代だと、とにかく悪役のイメージ。こういう芸能人の関係図はなぜか僕の親父が詳しくて、子供の頃から沢村さんには沢村国太郎の妹という刷り込みがありました」
沢村貞子は3回結婚しているが、2人目の夫は俳優の藤原釜足。「冬構え」には、その藤原釜足も最後に登場する。
「昭二の祖父・惣造役で、青森の下北半島で一人暮らしをしているんです。圭作は断崖から飛び降り自殺を図るんですが死にきれず、惣造の家で介抱される。その夜、死ねなかったことで言いようのない孤独感に襲われ、部屋の中で一人泣く笠さんの演技は忘れられないですね。翌日、昭二は惣造に『生きているのが一番だ』と圭作に言ってくれと頼むんですが、惣造は『わしは、生きているのが一番だのって、そしたことは言えね』と言う。圭作も『死ぬのも容易じゃない』と語り、死生観を共有した老人2人は、この家で一緒に暮らすことになるんです。つまり人生の終わりに向けて身支度をし始める彼らを、『冬構え』というタイトルが表しているんですよ」