落語家・立川志らくさん 日本人が「寅さん」を理解できなくなる日も…時間延ばしするしかない
落語界の人気者、立川志らくさんはコメンテーターをはじめとするメディア出演などマルチな活躍を続けている。多趣味で映画好きでも知られ、著書「決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集」を上梓したばかり。志らく師匠にとっての「今を生きる」を語っていただいた。
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「決定版 寅さんの金言 現代に響く名言集」(ART NEXT)は映画「男はつらいよ」48作、各作品の名言を取り上げ、寅さんの生き方から学ぶことができることを志らく流に料理した著書だ。
寅さんみたいに生きられたらいいなというのは到底できやしない願望なんですよ。自由に言いたいことを言い、好き勝手に生きることは、芸人の私にもできない。でも、日本人のいいところは寅さんに集約されているので、そういう考え方が理解できなくなったら、日本人は日本人じゃなくなってしまうんじゃないかって危惧しています。寅さんみたいな風来坊が憧れと思うのは我々やもう少し下の世代まで。それすらわからないのがもっと若い世代です。日本人としての心を失いつつあるのが現代社会なのかなという気がします。
例えば、おいちゃんが寅さんを「バカだね」と言う。でも、それは本当にバカって言ってるわけではない。だけど、今はバカという言葉がダメってことになる。バカって言葉すら抹殺しようとするでしょ。
先日、山田洋次監督が新作映画「こんにちは、母さん」の記者会見で、映画を見る時は「映画の作り手としては静かにしてもらう必要は全然ないです」「わいわいおしゃべりしながら大声を上げて笑いながら見ていただきたい」とコメントしました。監督が言いたかったのは映画はかしこまって見るものじゃない、時に大声を出して笑いながら気楽に見てもいいという意味だったのですが、若い人がマナーを守らないでどうするんだと騒いで炎上したわけです。監督はマナーを守るな、マナーなんてどうでもいいなんて一言も言ってないのにですよ。
バカなんじゃないかと思いましたね。監督が言わんとしていることをきちんと理解しないで、言葉の表面だけ受け取って怒っている。今はメディア全体もそうなっていて、若者もそうなっちゃってますよね。
今は何でも世界基準です。それは間違ってはいないけど、日本の場合は言葉だけを受け取ってそれを基準にする。例えば、女性に対するセクハラやパワハラに対して。そんなことを言った日には落語なんて全部基準から外れるわけです。男尊女卑の最たるものが落語の登場人物なわけで、それをわかった上でみんな楽しんでいる。例えば、ただのバカ、どうせ女じゃねえか、なんて言い方をしても、女房の手のひらにのせられて遊んでいるみたいなことがあるわけです。そういうバランスがあってうまくいっていたものが全部ダメになっちゃう。
寅さんも落語も、今はまだ我々の世代がいるからお客は笑うけれども、いつしか人情がわからないで、無駄だ、矛盾だという人ばかりになっちゃうんでしょうね。どうしたら食い止められるか。時間延ばししかないでしょうね(笑)。だから、もう一度寅さんを見てみましょう、落語を聞いてみましょうという時間延ばしです。やがて次の次の世代では、それも消え去っていくでしょうね。