「楽しくなければテレビじゃない」が醸成したフジテレビの“乱痴気”風土…中居正広のトラブルも必然か
「まだ大らかな時代であったとは言えます」
元フジテレビの芸能評論家、中野義則氏が言う。
「フジテレビ(本社ビル)が河田町にあった頃、『めざましテレビ』MCの女性アナウンサーらと『食事処みわ』で朝食をとっていたときのことです。『とんねるず』の石橋貴明さんと港浩一さんが店に入ってきて、徹夜マージャン明けだと言って笑っていました。女性アナもいたからか、石橋さんは全員の食事代を払ってくれました。港さんは(プロデューサーの)石田弘さんに連れられて『喜作』という、おでんが有名な局前の日本料理店でよく見かけました。まだ大らかな時代であったとは言えます」
同局のワイドショー「おはよう!ナイスデイ」「とくダネ!」出身のリポーター小柳美江さんはこう言う。
「バラエティー班は派手なパーティーをやっていたようですけど、情報局は普通だったと思います。でも歓送迎会は日航ホテルでしたね。その後も台場のイタリアンレストランを貸し切りで行っていました。ホテルで歓送迎会をやるということ自体、今思うとバブリーと言いますかぜいたくだったのかも」
フジテレビのみならず、民放テレビマンは番組が高視聴率なら何をやっても許される雰囲気で経費も青天井で接待費や飲食代も使い放題。芸能関係者やタレントらとの乱痴気騒ぎがネオン街で繰り広げられた。港氏ら経営陣はそうした時代を謳歌した面々である。その当時からの「天皇」日枝久氏が現在もトップに居座り、当時のノリのまま牛耳っているのであれば、そうした社風、風土の上に中居の女性トラブルが起きたのも必然だろう。