ミュンヘン五輪襲撃事件をテレビ報道陣の視点で描く緊迫の90分
『セプテンバー5』(2025年2月14日公開)
60歳以上の人なら1972年に何が起きたかを覚えているだろう。この年の9月5日、西ドイツ(当時)で開催されたミュンヘン・オリンピックの選手村にパレスチナ武装組織「黒い九月」が侵入。イスラエル人の選手とコーチ2人を殺害し、9人を人質にして立てこもった事件だ。平和の祭典とテロ殺人の生臭い組み合わせに世界中が衝撃を受けた。
本作はこの事件をメディアの視点からとらえた力作。スイス出身のティム・フェールバウムが監督を務めた。傑作である。
物語の中心人物は米ABC放送のスタッフのジェフ(ジョン・マガロ)、ルーン(ピーター・サースガード)、マーヴィン(ベン・チャップリン)の3人。彼らとともに五輪中継を担当するスタッフが選手村の方向から銃声を聞く場面で始まる。ジェフらは殺人と人質事件が起きたことを即座に理解できないまま事態を観察。自分たちのいる放送センターの目と鼻の先で凄惨な事件が進行していることを知る。
ジェフたちは報道部ではなく、スポーツ報道の専門家だ。それでも現地にいるかぎり、世界にニュースを発信しなければならない。
この3人のニュース報道に対する考え方の違いが興味深い。テロリストは自分たちの要求をのまなければ人質を殺害すると宣言。ABC放送はカメラを選手村に向け、テロリストとの交渉現場を生中継する。
その理由をルーンは「これは俺たちのネタだ」と言い張る。何が何でも生で報道するぞという強硬な考えだ。これに対してマーヴィンは「選手たちの親は息子が殺される場面を見たがるだろうか?」と疑義を呈する。人質が殺害され、その映像が生中継によって米国にいる家族の目に触れたらどうするのかというのだ。両者の間に入ったジェフは「状況が緊迫したら、他の場所を映してはどうか?」と提案して折衷をはかる。序盤のこの場面で事件の悲惨さと報道陣の理性が伝わってくる。
まもなく地元西ドイツの警察が動き出す。選手村に向け、ビルの屋上に狙撃班を配置するのだ。ジェフたちはこれを生中継している。そこで彼らははたと気づく。テロリストもテレビでこの映像を見ているはずだと。見ているなら警察の手の内が相手にバレてしまうではないか。案の定、西ドイツ警察は小機関銃を携えて放送室に踏み込み、中継をストップしろと恫喝する。