ミュンヘン五輪襲撃事件をテレビ報道陣の視点で描く緊迫の90分
「事実とは何か?」を我々に突き付けてくる
圧巻は終盤だ。「人質が解放された」との情報がもたらされ、放送室に安堵感が広がる。だがその一方で「本当に開放されたのか」という冷静な態度も崩さない。
「裏付けをしっかり取らずに報じていいのか……」
この議論が繰り返され、メディア関係者の理性が最後の最後まで試されていく。クライマックスにふさわしい、最上級の緊迫感が張りつめた場面である。
事実とは何か。
この問題は現代を生きる我々にも無縁ではない。昨年の兵庫県知事選では「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が「2馬力」で斎藤元彦氏を援護射撃して大衆を扇動した。さらに立花氏は自殺した竹内英明元兵庫県議について、「警察に逮捕されるはずだった」と公言し、これが竹内元県議の名誉を著しく傷つけたとして物議を醸している。自殺した県民局長をめぐる醜聞ですら、事実であるか疑わしい。情報の氾濫によって何が真実なのか分からない複雑怪奇な状況。それが現下のネット社会なのだ。
米国ではトランプが、「スプリングフィールドでは移民が猫や犬を食べている」とのホラ話を吠えて当選した。彼の信者たちは「トランプはディープステートと戦っている」という妄言を信じているらしい。国内国外の双方において、拡散した情報が罪のない人々を傷つけている。
53年前に起きたあの痛ましいミュンヘンの惨劇の裏では、いわゆる“オールドメディア”の人々が真実をめぐって苦闘していた。事実とは何か。本作のテーマはデマ情報の洪水に生きる我々に突きつけられた難解な問いかけだ。
(文=森田健司)