『敵』夢と妄想に取り憑かれた男の敵は…妻の「呪縛」か?
『敵』(全国公開中)
公開は今年の1月17日。2024年の第37回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、東京グランプリ、最優秀監督賞(吉田大八)、最優秀男優賞(長塚京三)の3冠を獲得した話題作だ。1998年に書かれた筒井康隆の同名小説を吉田大八が監督。長塚京三が77歳の元大学教授を好演した。長塚にとって12年ぶりの主演作である。
見どころはそのシュールなストーリーだ。夢かうつつか判然としないまま事態が進んでいく。筆者は鑑賞の直後、この作品が何を訴えたいのかよく分からなかったが、帰宅の途中であるヒントを得た。キーワードは「呪縛」だ。
妻の信子(黒沢あすか)に先立たれて古い民家に一人で住む渡辺儀助(長塚)の毎日は単調だった。決まったように食事を作り、決まったように歯を磨き、決まったように豆を挽いてコーヒーを淹れる。そしてパソコンに向かい、フランス文学の原稿を書く。わずかな友人を相手に「夜間飛行」というバーで酒を飲むことも。
こうして老年の男の単調な生活が続く。モノクロながら、食べ物のアップと儀助が黙々と食べるシーンが頻出するので「うまそうだなぁ」とよだれが出そうになる。のんびりと観ているうちにいつしか映画の不気味な核心に引きずれ込まれていくという仕掛けだ。