審査員・粗品とM-1審査員の決定的な違いは? 忖度しない芸人ゆえの「ブレない目線」と「ムカつかれる覚悟」
粗品の「ytv漫才新人賞」審査員に絶賛
若手芸人の登竜門である「ytv漫才新人賞」(読売テレビ)が3月2日に開催された。霜降り明星の粗品が初めて審査員を務め、その辛口コメントがSNS上で話題となった。
かつて年間100本以上のライブに出演し、自身もライブ主催者の経験もある現役の芸人・帽子田が、ytv漫才新人賞の粗品の審査のすごさについて解説する。
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点数差が幅広く厳しい採点にハラハラ
ytv漫才新人賞は、読売テレビが主催する上方漫才の賞レースだ。出場条件は芸歴10年以下。2012年からの開催と比較的新しいが、前身となる上方お笑い大賞は35年ほど続いていたので、お笑い界の中でも重要視されている。ytv漫才新人賞の歴代優勝者には「銀シャリ」「霜降り明星」「ビスケットブラザーズ」などが名を連ねている。
上方(関西)若手芸人は喉から手が出るほど欲しいタイトルだが、悲しいかな関東での知名度はそんなに高くない。ytv漫才新人賞の結果が気になるのも、お笑いファンくらいだろう。かなり見ごたえがあって面白いのに、残念な話だ。
だが、今回は明らかに、歴代で最もytv漫才新人賞が盛り上がった年だった。霜降り明星の粗品が初めて審査員を務め、厳しい採点がネット上で大いに話題になったからだ。僕はもともとytv漫才新人賞ファンなのだが、今大会は特に楽しかった。
粗品の採点は70~90点台と点数帯が広いので、点数発表がいつもより段違いにハラハラした。この点数帯はytvはもちろん、同じく漫才のみの賞レースであるM-1の点数相場と比べてもかなり厳しい。
特に近年のM-1は点差が開かなくなってきていて、審査員が88〜97点の点数帯で採点する傾向があるため、ほぼ数点差の戦いになっている。そんな審査が当たり前となっている中で、粗品の点数の付け方はかなり大胆だと言える。
さらに見ごたえがあったのは、粗品の忖度なしの鋭いコメントだ。
優勝候補にも「愛のある」酷評
印象的だったのは、優勝候補だった翠星チークダンスの漫才を、「ウケてなさ過ぎて客に媚びている」「新しいように見えるかもしれないけど、お笑い界ではよく見る手法。シャバい」と酷評。
翠星チークダンスは「メンヘラっぽい男と、サバサバとそれを切る女」という立場を逆転させた漫才なのだが、確かに同じような「立場を逆転させる」という公式を使った漫才のスタイルは実はよく見たりする。
僕のような凡人は「でも面白かったしウケていたから、よく見る手法でもよくないか?」と思ってしまうが、粗品のような才能あふれる人から見ると新しい手法で抜群にウケないと評価に値しないのかもしれない。実際、M-1の霜降り明星の漫才は新しくて面白かったので、そこに基準を置くのも致し方無い。
ただ粗品のコメントは鋭いながらも熱いもので、翠星チークダンスの前のコンビ名「いなかのくるま」を口走るくらい、若手への愛へ満ちていた。余談だが、粗品は先輩には厳しいが、基本的に後輩には優しいらしい。
第一線にいるからこそブレない目線
もう一つ、印象的だったのが、ハイヒール・リンゴとの激論。リアルな掛け合いが面白いマーティーの漫才に、リンゴさんが「ホンマのことばっかりいうと疲れる」とコメントしたのに、粗品が「いや、お笑い好きは疲れないですね」と返したのだ。
大御所であるリンゴ姉さんに真っ向から対抗し、しかも「お笑い好きは疲れない」という棘のあるコメントで徹底抗戦の構えだった。その時はさすがに会場がピりついた様子が伝わったが、粗品の上にも下にも媚びない姿勢に一貫性があり、審査がより信ぴょう性を持った。
賞レースを見ていると、審査員が周りの顔色を気にしながら点数をつけているように感じることもあったりする。M-1では特に顕著で、一人だけ点数が低かったりしたらその人が非常に気まずそうにする。
お笑いには明確なルールブックがないので、自分の感性があっているか不安なのだろう。その気持ちは簡単に想像できるし、審査員の人はネタを第一線でやっている人も少ないので、余計にそう感じるのかもしれない。
だが粗品は現役で時代に沿ったネタを作っているし、バラエティ番組に強いというより劇場やネタを含めたお笑い特化型なので、その辺りの気持ちのブレが少ないのかもしれない、と勝手に考察している。
採点には異議なし。一方で問題点も
きついコメントをすることにはデメリットも多いので、審査員もそれを避けたい気持ちもあると思う。
決勝に上がってくるような芸人は自分のネタに自信を持っているので、否定的な事を言われると内心すごく反発するだろう。実際、今回優勝したフースーヤは粗品のコメントにいらだった様子も見せていて、ネット上では「ふてくされている」と軽く炎上していた。
正直誰に何を言われようとも、若手芸人が100%もろ手を挙げて納得することは難しい。きっと裏で文句を言われたり、下手したら一生うっすら恨まれる可能性すらある。
だが、粗品はあえて忖度や曖昧な表現で濁すことを選ばず、厳しくも真摯な言葉で評価したということは、後輩たちにムカつかれる覚悟が決まっていたのだと思う。
総じて粗品の審査は言語化が明確で分かりやすく、視聴者として面白かった。粗品の点数やコメントに個人的には異議なしなのだが、問題点もある。
粗品の好みに左右される不安
粗品が激しく点数を上下させるので、粗品に高評価されるだけでグッと優勝の可能性が上がってしまう。逆に言うと、他の審査員が高評価をつけても、粗品が一気に点数を引き上げると優勝できなくなってしまう懸念点がある。
それでは粗品好みの芸人が優勝する大会になってしまうので、賞レースとしては健全な状態ではない。
この状態を防ぐ方法があるとしたら、来年以降は他審査員も評価基準をしっかりさせたうえで、点数幅を広げる覚悟をして臨むくらいか。今回の盛り上がりを見るに、粗品は本人が断らない限り、来年以降も続投だろうし。
問題点はありつつも、ytv史上最大の盛り上がりを見せた粗品の功績は非常に大きい。ゆくゆくはM-1の審査員もありえそうで、お笑いファンとしてただただ楽しみだ。
(帽子田/芸人、ライター)