蝉谷めぐ実(作家)
2月×日 作家としてデビューして今年で5年目。ありがたいことに連載のお仕事をもらえるようになり、それらを並行して進める毎日だが、ここに歴史時代小説を主戦場に選んだことによる問題が生じている。平安、戦国、江戸と時代によって、言葉遣いや価値観が随分と違うのだ。そのため私は小説を書き始めてから1週間は、その小説内の時代について書かれた本を読み、その時代の考え方を体に馴染ませるようにしている。
ということで今週は平安時代モード。平安装束の着付けの講座に通いつつ、読むのは八條忠基著の「詳解 宮廷と有職の染織」(KADOKAWA 1958円)。
宮廷や皇室で儀式に使われてきた装束の紋様と刺繍が所狭しと並べられた本書を眺めていると、ほうと感嘆のため息が口から漏れる。当時のお姫様もこうして十二単の着物を手に取って重ね着の色目を考えておられたはず。ほうとため息を吐かれたそのお口の形もたぶん私と同じじゃないかしら。と思えばどんどん筆も乗ってくる。
2月×日 今週は江戸時代モードで過ごす。読むものは髙田郁著の「あきない世傳 金と銀」(角川春樹事務所 638円)。同じ着物であっても呉服屋が舞台となると金子が絡んで、ほう、なんてため息を吐いてちゃあいられなくなる。己の商才を頼りに商いの道を切り開く主人公・幸の姿に奥歯をぐぐぐと噛み締め気合いを一丁入れて、自分の小説に向かう。乗馬もできるならこの週に。馬に跨るときは暴れん坊将軍の心持ちで。
2月×日 今週は現代モード。つまりは執筆の合間の休日である。最近、夢中になっているストリートファイター6のゲーム動画を、ご飯をかき込みつつ見ていると、思わずあっと声が出る。お披露目になったキャラクターの新コスチュームの色が十二単の重ね着の色目ではないか。まさかこんなところでお目にかかるとは。ちょっとばかり不思議な糸の紡がれ方ではあるけれど、歴史が今日まで連綿と繋がっているような気がして、今日も私はパソコンに向かってしまうのである。