大阪で活動していた丘みどり 徳光和夫の歌番組で上京決意
■大阪時代はへそ出し衣装でインパクト狙い
そのときはアシスタントながら「越冬つばめ」をアップテンポにアレンジしたカバー曲を歌っていました。「木曽恋がらす」という5枚目のシングルのカップリング曲で銀色のミニスカートをはいて、肩を出して、ヒールを履いて。徳光さんは「おかしな格好で歌ってる、かわいい子がいる」と思われたそうです。
その衣装は当時の事務所の社長が考えたものです。「インパクトを残そう」ということで。デビューの時はもっと派手でおへそを出す衣装。正直イヤでしたね。祖母にも「みぃちゃん、おへそを出すのはやめてぇ」と言われたくらい。でも、社長の考えは正しかったんですね。派手だったからこそ、徳光さんの目に留まったのですから。
徳光さんは司会をされている「徳光和夫の名曲にっぽん 昭和歌謡人」(BSジャパン)の番組のプロデューサーに「森昌子チャンの『越冬つばめ』もいいけど、みどりちゃんのもいいんだよ」と話をして、番組に呼んでくださいました。当時の私は東京に出て本格的に活動したい、でも、一歩が踏み出せずどうしようという迷いのピークにいました。