「十階のモスキート」現役警察官が落ちたサラ金の泥沼地獄
男の趣味はパソコンで、サラ金で借りたカネで高価な製品を買い、自宅で孤独なボウリングゲームを楽しんでいる。行きつけのスナックのツケがたまり、雇われホステスのKEIKO(中村れい子)といい仲になるが、彼女が苦境を救ってくれるわけではない。
男が取り立てのヤクザに向って繰り返す「あと3日待ってくれ。3日後にちゃんと返す」という絶望的な言葉に観客は暗澹たる気分になり、「俺だったら、どうやって切り抜けるか」と自問しつつ、どん詰まり男に感情移入してしまう。ジワジワと襲ってくる不安感に、主人公の破綻が他人事でなくなるのだ。
おそらく男は生まれつきの破滅型人間なのだろう。それがたまたま警察官になり、40代に至っても思うように出世できない。そのことを薄情な元妻にこき下ろされ、警察署長(佐藤慶)から厳しく叱責される。妻も娘も署長もサラ金業者も、みんな男の敵だ。だから暴走してしまう。だが彼らを敵に回してしまったのは男が意志の弱い人間だからである。
こうした人間が現実社会にもいるものだ。たとえば81年に起きた深川通り魔殺人事件の川俣軍司や、2008年の秋葉原通り魔事件の加藤智大など。彼らはわが身の不幸を他人の責任に転化しようとして逆上。罪のない人々を傷つけた。川俣軍司は寿司屋の採用面接に落ちたことで自暴自棄になり、身勝手な殺意を抱いた。本作の男も同じ。映画という架空の人間の枠を飛び越えて迫ってくる。彼はわれわれの中にある〝もう一人の自分〟かもしれない。