<7>「電通だったら遊んでられる」大学の先輩の誘いで入社
大学を卒業して、電通にカメラマンとして入ったんだ。「さっちん」で、「太陽賞」(第1回)をとったのは、電通に入ってすぐだね。スタジオの入り口で電話を受けたんだ。オレ、自信があったからさ、平凡社から電話をもらったときに「やっぱり」なんて言ってさ、向こうは驚いただろうね(笑い)。その頃、社会的なテーマとか、障害をテーマにしたものとかが多かったけど、なんでもない身近な日常のこともやらなくちゃダメだってわかっていたからね。こういう写真が候補作にあがっているって聞いたときに、あ、オレの勝ちだと思ったんだ。
就職するときに、朝日新聞社の出版写真部から、来ないかって誘われたんだよ。オレ、一応、投稿写真の月例とかで、学生であんなヤツがいるって知られていたからね。でも、学生時代は好き勝手に撮って、どんどん投稿して、学費も稼いでいたけど、頼まれごとはやってないわけだよ。報道ってのは、たとえば恋人とイチャイチャしてたって何かあったら呼ばれるだろ(笑い)。大地震があったらすぐにヘリで飛んでいくとか、そういうのイヤだからさ、朝日はやめようと思ったんだ。そしたら、千葉大の1年先輩が電通にいて、「荒木、電通だったら遊んでられるぞ」って誘ってくれて、電通を受けたんだ。