<44>ドン・ファンは「いつでも別れてやるから」と吐き捨てた
野崎幸助さんの喜寿77歳の誕生日となった2018年4月13日の昼、私は六本木のホテルに呼ばれた。行くと交際クラブの社長であるAさんと、元従業員で名目上のアプリコ役員のMがいた。
60代後半のMは野崎さんの通夜・葬儀の時には、「オヤジは遺言なんて残すタマじゃないよ」と言い切っていたのだが、2週間後に「社長から遺言が送られてきていた」と“思い出した”男である。「遺産を田辺市にキフする」と書かれた1枚の紙切れが現在も係争されており、田辺市と遺族との間で裁判が行われている。このことは後に詳しく説明するが、Mは社長から金を借りており、コバンザメのように社長の機嫌うかがいをするヤツだった。
「社長、おめでとうね。早貴ちゃんは来ないの?」
「うん。自動車免許を取るために教習所に通っているんですよ」
「仲はうまくいっていますか?」
「はい、はい。まあまあや」
私の質問にも機嫌が良く、4人でカウンターに座って洋食のランチを食べた。