飯野矢住代誕生秘話<25>俳優Iの部屋に一人残された矢住代はその後、姿を確認されていない
「ねえ、今から遊びに行っていい?」
飲み明かして恋人に会いたくなったか、風呂に入りたかったかのどちらか、もしくはどちらでもあるのかもしれない。矢住代が母親と住む円山町の古いアパートには風呂がなかったからだ。Iは答えた。
「来てもいいけど、ロケがあるから10時前には出かけちゃうよ」
「いいわ、お部屋にひとりでいていい?」
「いいよ。誰もいなくてもよかったらおいでよ」
「わかった」
そう言うと、矢住代は30分後にIの住む笹塚のマンションに現れた。部屋に入るや否やキッチンに立つと、卵焼きとスープを作り始めた。
「これ、食べて行かない?」
スープだけ口にしたIは急いで家を飛び出た。これが午前9時半である。ひとり残された矢住代はマンションの下の酒屋でサイダーを買ったことを除いて、その後、姿は確認されていない。
午後2時50分。近所のそば屋に勤める26歳の店員がIの住むマンションに出前の器を引き揚げに来た。店員がIの部屋のある7階に上がったときである。黒煙がもうもうと立ち込めていた。「息をするのも苦しかった」というくらいで、煙はIの部屋の換気窓から噴き出ていた。すぐさま店員は管理人に急報し、程なくして消防署員がマンションに駆けつけた。サイレンもけたたましく鳴り響いたに違いなく、師走の慌ただしさも相まって笹塚一帯は大騒ぎとなった。