飯野矢住代誕生秘話<26>「病院に運ばれましたが、先ほど亡くなったそうです」
ドラマのロケを終えて、撮影場所の聖蹟桜ケ丘から笹塚に向かって車を飛ばした俳優Iは、カーラジオから流れるニュースで、笹塚で火災があったことと身元のわからない女性が亡くなったことを知った。
「矢住代は怖がりだから、さぞ青くなっているだろう」。そう思ったIはアクセルを強く吹かした。しかし、いかんせん年の瀬である。12月28日のこの日、甲州街道は都心に向かう車で混んでおり、なかなか進まなかった。程なくして、Iは街道沿いのガソリンスタンドに車を滑らせた。翌日のスケジュールの件で所属事務所に電話をするためである。公衆電話のダイヤルを回すと事務所のスタッフが慌てた口ぶりで担当マネジャーに代わった。
「明日の予定ですが……」
「そんなことより……いいか、落ち着いてよく聞け。今日の午後、おまえの住むマンションから出火した。火事だ。それで……」
Iはラジオのニュースが伝えた笹塚の火事が自分のマンションであることと、死亡した身元不明の女性が、恋人の飯野矢住代であることを知った。Iは呆然となった。