飯野矢住代誕生秘話<26>「病院に運ばれましたが、先ほど亡くなったそうです」
「この人がIさんかしら?」と木崎夫人は思ったはずだ。男性は「どちらさまですか?」と聞いた。
「私は木崎という者ですが、Iさんですか?」
「いえ、違います。実は……」
男性は自分が消防署員であること、このマンションが今日の午後、火災に遭ったこと、それでも焼け落ちたわけではないことを伝えた。木崎夫人は安堵したのかもしれない。
「そちらに飯野矢住代さんという女性が見えてなかったですか?」と木崎夫人が尋ねると、消防署員は落ち着いた口調でこう答えた。
「病院に運ばれましたが、先ほど亡くなったそうです」
矢住代の遺体は幡ケ谷の黒須病院(現・クロス病院)に収容されていた。 =つづく