<127>「いごん」には書くうちに左へ流れる野崎さんの“クセ”が出ていなかった
2018年の秋すぎから私の頭を支配していたのは、野崎幸助さんが作成したとされる「遺言」のウソを見破ることだった。
赤色で書かれた「いごん」は、同年8月に和歌山家庭裁判所田辺支部に提出されている。持ち込んだのは、野崎さんの会社「アプリコ」の役員だったMだ。ドン・ファンの筆跡についてよく知っている私はすぐに偽物だと思ったし、ドン・ファンと懇意だった知り合いで「これは本物だ!」と断定した人も私の知る限り皆無である。さらに言えば可愛がっていた愛犬イブのことが記されていないことや公正証書にしていないことなど、「いごん」には疑わしい点が数多くあった。
私は遺言の無効裁判が起こされる場合のことを考えて、過去にドン・ファンが書いた自筆の書類を資料として集め、公正証書に書かれた彼の自筆署名も手に入れていた。
彼が書く文章の特徴は、書き進むにつれて左、左へと流れていくことにある。老齢の方にはそのような特徴が多いと知人の脳科学者からも耳にしていたが、家裁に提出された「いごん」の文面は真っすぐで、大きな違和感があった。