(1)昭和31年に遊郭は5万軒あって、コンビニの密度とほぼ同じだった
2024年春に東京芸大美術館で「大吉原展」が開催され、今年はNHK大河ドラマ「べらぼう」が話題となり、江戸幕府公認の遊郭「吉原」を身近に感じるようになった人も少なくない。そんな吉原遊郭の今昔を「令和の蔦重」渡辺豪氏に語ってもらった──。
YouTuber紅子──。
元吉原ソープ嬢を名乗り、現在はYouTuberとして活躍している女流写真家をご存じだろうか?
今を去ること70年ほど前、売春防止法が施行されるまで、我が国では公然と売春が営まれていた。
もちろん現在もソープランドと呼ばれる性産業では、本番すなわちセックスの売買が盛んに行われているが、同法が施行されるまで「遊郭」と俗称される売春地帯が国内の至るところにあった。
こうした売春地帯は、赤線・青線・パン宿などさまざまな名称で呼ばれ、昭和31年の段階で5万軒を数えた。これは現在の人口におけるコンビニの密度とほぼ同じである。
しかし現在では当時をしのぶよすがの多くは失われている。当時20歳だった人びとが現在は日本人の平均寿命を超えており、記憶も失われつつあるタイミングに差し掛かっていることを思えば、無理もない話だ。
冒頭の紅子さんは、残りわずかとなった遊郭の名残を全国探し求めて、精力的に撮影取材している写真家だ。
今年年始に実施されたクラウドファンディングでは、写真集の刊行を目的に掲げ、800万円を超える支援が集まった。
彼女のYouTubeチャンネル「紅子の色街探訪記」登録者は4万人を超えている。