明けましてサヨウナラ…俺の壮絶な元日ドキュメンタリーを聞いてくれ
だれがあれほどまでに壮絶な新年の幕開けを予想していたであろうか……。これはウソ偽りのない、生涯決して忘れることはないだろう、2022年元日のドキュメンタリーである。
21年12月31日大晦日の夜、俺と長男・甲子園、次男・虎太郎は外房に立つ別荘にいた。そこは俺がママリンと呼んでいた妻(2014年、47歳没)の両親が釣りや家庭菜園など老後の静かな時間を過ごすために20年近く前に建てたものである。
そこでは年末に集まり、徒歩3分の太平洋の大海原に昇る初日の出に、凍えた手のひらを温めるように合わせ、「今年も良い年になりますように」と拝むのが我が家の恒例行事となっていたのだ。そして、22年の元日も毎年変わらないそんな光景になるであろう……いやなるはずだったのだ。
昨年までと唯一違う点は、8月に倒れ入院した義父の足の状態が思わしくなく、一人では歩行が厳しいことであった。
それでも、例年と変わらぬ大晦日の和やかな時間は過ぎて行く……。ビールを酌み交わし、甲子園が腕によりをかけて作った年越しそばの味を家族中が絶賛し、おせち料理イブ(おせちは年が明けて出る)の数々に舌鼓を打ち……義父もビールグラスを口に運び、たばこを2本立て続けに吸う。さらに「お父さん、もっと食べなきゃダメでしょう!! ホラ、あなたの大好きなホウレン草、これ食べなさいア~ン」と口に入れる義母、恥ずかしそうに食べる義父の姿はほほ笑ましいことこの上なしであった……。