人生を変えた軟式テニス部顧問との出会い「君は目に元気がない。目が腐ってるね」
今の俺を見て「よほど屈折した青春時代を送ったんやろ」と思う人はいるかもしらんけど、実はこう見えて、中学・高校は部活動に打ち込む体育会系スポーツ少年やった。
もともと、小学生の時は近所の野球チームに入ってたんやけど、監督のサインも覚えられないほどバカだったから、どうにもならんって挫折したの。
覚えてるのが……負けてる試合の最後の攻撃、九回裏ツーアウト一、二塁で俺に打順が回ってきた。もう打つしかない場面のはずなのに、俺はなぜか監督のサインを送りバントと間違えてキッチリ、バントしてしまった。当然、それでアウトになってゲームセット。もう監督やチームメートの視線は冷たいし、東京リベンジャーズのヤキ入れかってぐらい袋叩きに遭うし、散々だった。
それでもう野球はやめようと思ったんやけど、中学校に入ったタイミングで出合ったのが軟式テニス。今はソフトテニスって言うのか。それまではテニスなんて頭になかったけど、あれでちょっと俺の人生が変わった気がするわ。
なぜ軟式テニスだったかといえば、中学の軟式テニス部の顧問の先生が有名な人だったから。それまでもいろんな学校で教えていた先生で。以前にいた中学校は宮崎市内でも有名な札付きの不良が多い学校で、もう軟式テニス部があるような学校じゃなかったの。