笠智衆3部作編(4)「杉村春子さんは息子への愛だけ先走って、実は何もできない母親の雰囲気がよく出ている」
やがて自分の病状を悟った隆一は、鉱造に生まれ育った蓼科へ行きたいと話す。それを聞いた鉱造は、隆一と病院を抜け出して車で蓼科へと向かう。タキは心配して、それを追いかけるのである。
「このときタキと一緒に蓼科へ行くのが、居酒屋の手伝いをしている美代なんですけれど、これを樹木希林さんが演じている。樹木さんは61年に1期生として文学座へ入り、そこのトップ女優だった杉村さんの付き人をしていた。63年に文学座から大量の脱退者が出たときにも、杉村さん本人から『あなたは残ってちょうだい』と言われた人です。そんな2人の関係が、タキと美代に重なって見える。まあここでは、気持ちだけで自分勝手に行動していくタキに、本音で苦言を言えるただ一人の人物として美代は出てくるんですけれど」
結局、蓼科の家には鉱造と隆一、タキと美代、隆一の妻・悦子(倍賞美津子)とその娘・紀代子まで一家全員が揃って、夏の一夜を過ごすことになる。
「このとき、笠さんが『恋の季節』を口ずさむんです。この歌はかつてタキが出ていった後に、酔うと鉱造がよく歌っていた歌なんですよ。冒頭の歌詞が『忘れられないの、あの人が好きよ』でしょう。口ではタキを絶対に許さないと言っていた鉱造の心が、この歌に込められていて、劇中でも印象に残る場面になっていました」