笠智衆3部作編(4)「杉村春子さんは息子への愛だけ先走って、実は何もできない母親の雰囲気がよく出ている」
山田太一による笠智衆3部作は、主演の笠智衆に小津安二郎映画そのままのキャラクターを重ねていることも含め、小津映画へのオマージュという点で一貫している。中でも最終作の「今朝の秋」(1987年・NHK)は、その印象が強い。これは蓼科に住む笠智衆扮する鉱造が、東京にいる息子・隆一(杉浦直樹)ががんに侵されて余命3カ月だと知り、彼の最期に寄り添おうとする物語だ。小津作品で笠智衆は、「晩春」(49年)など娘を送り出す花嫁の父を演じたが、ここでは息子を死出の旅へと送り出す父に扮している。結婚式と葬式の違いはあるが、子を失う父親の寂しさを山田太一は笠智衆によって表現した。
「このドラマでは笠さんと杉浦さんの親子の関係もいいんですが、今回見直していちばん感心したのは、鉱造の妻・タキを演じた杉村春子さんでしたね」
タキは20年前に男をつくって、鉱造と隆一を捨てて家を出ていった女性。その彼女が、息子ががんだと知って、身の回りの世話を買って出る。
「鉱造は最初、それを許さないんですが、『男親がそばにいたって何もできないんだから』と半ば強引に隆一の世話を始めるんです。ところが今は居酒屋の女将をしている彼女は、世話といっても何をしていいのかわからない。とりあえず息子が着ている物の洗濯をしようとするけど、洗濯せっけんひとつ用意していないんですから(笑)。それで病院の洗い場へ行くと、誰かが忘れていった洗濯せっけんがあって、それを盗んで洗濯を始めるんですが、このときの周りに誰もいないか見渡す感じが、ものすごくうまい。息子への愛だけ先走って、実は何もできない母親の雰囲気がすごくよく出ているんですよ」