林哲司さん語る 今年2月に死去した音楽家バート・バカラックとの不思議な縁

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 世界的に日本のシティーポップが人気になっている。シティーポップの第一人者といえば、稲垣潤一、杉山清貴、竹内まりやらの作曲で知られるミュージシャンの林哲司さん。その音楽活動の原点になったのは数々の名曲を世に送り出し、今年2月に亡くなった音楽家バート・バカラック。とっておきの一枚は日本での公演の際、ラッキーな引き合わせで一緒に撮ったツーショット……。

 ◇  ◇  ◇

 これは2008年2月、国際フォーラムで行われたバート・バカラックの公演後に撮ったものです。僕はいちファンとしてチケットを買って、ライブを見て「よかった」と感動して、帰ろうとしていたのですが、懇意にしていた主催者側のスタッフから携帯に電話が入りました。「バート・バカラックに会うことができるから行きませんか」。こんなラッキーなことはないと思って慌てて引き返し、スエットパンツに着替え、リラックスしているバカラックと会うことができました。

 バカラックはその後も会いましたが、その時が初めての出会いでした。

 後付けですけど、バカラックとは奇遇なんです。

■駆け出し時代はCMソングを担当

 ひとつは僕が駆け出しの頃。1982年に音楽出版社の依頼で日立のCMの仕事をいただきました。アメリカに行って、バカラックが作曲した曲を僕が現地でアレンジ、レコーディングしてくるというものです。「Our Lovely Days」という曲です。CMソングですが、清野由美さんが歌ってコロムビアからリリースされました。

 僕は現地に飛んでホテルで出来上がったばかりのカセットが届くのを待って、それを聴きながら日本から持って行ったミニキーボードでアレンジし、スタジオでレコーディングしました。本人に会うことはできなかったけど、バカラックの誰も聴いていない曲のアレンジを任された、とても名誉な仕事でした。

元気づけられ再起のきっかけに

 もうひとつ。僕にとってあの出会いは音楽人生の転機になりました。公演は08年2月ですが、僕もその年の10月に同じ国際フォーラムで稲垣潤一さんや杉山清貴さん、竹内まりやさんらそうそうたるメンバーが出演してくれた35周年の記念公演をやりました。ただ、この頃は音楽業界にウンザリしていて、それを最後に業界から距離を置こうと思っていた。

 でも、2月にバカラックのステージを見て感動し、1年かけて準備した10月のコンサートで観衆の歓声を聞き、その拍手に元気づけられたことで、もう少し活動を続けようという、再起するきっかけになりました。今年は僕のデビュー50周年です。その年に僕の道しるべだった人が2月に亡くなったわけですが、08年のことも今年も勝手に縁のようなものを感じています。

 バカラックを初めて知ったのは1960年代後半です。大学進学と同時に東京へ出てきて、一緒にバンドをやっていた仲間の家に行った時に、彼のお兄さんの部屋から音楽が流れてきました。それがすごくよかった。聞いたらバート・バカラックという人のアルバムがヒットしているという。70年くらいには第1次バカラックブームが起きます。

 子供の頃は東映のチャンバラ映画に夢中になり、それからしばらくして西部劇になり、最初のお小遣いで買ったレコードは「リバティ・バランスを射った男」(62年)という西部劇と同題のイメージソングです。ジャケットはジョン・ウェインとジェームズ・スチュアートで、バカラックとハル・デビッドのコンビが作った曲ということを大人になってから知りました。後々有名になるコンビの作品で、2人は膨大なヒット曲を世に送り出すことになります。バカラックにその話を伝えたら「本当か」と驚いていました。

 日本でバカラックの名を不動のものにしたのは「明日に向って撃て!」(69年)の主題歌「雨にぬれても」ですかね。映画が公開される前にサウンドトラック盤が先にリリースされ、聴いていました。曲は雨が降るシーンで流れるものと思っていたので、映画を見てポール・ニューマンとキャサリン・ロスが自転車に乗って青空の下を走るシーンで使われていたことに驚きました。「明日に向って撃て!」はニューシネマの代表作といわれるだけあって、音楽の使い方がそれまでの概念を裏切る斬新さがありました。

 当時、バカラックの音楽は最先端のアメリカのサウンドで、ジャズマンにも影響を与えていました。渡辺貞夫さんがバカラックのサウンドを取り入れ、彼のナンバーを演奏、ジャズ風にアレンジしていた。

 そんな中で僕が作曲家、アレンジャーになり、80年代にバカラックの仕事が来たり、思いがけず会うことができたのはやはり不思議な縁というしかありません。

 これまで粛々と音楽をやってきたけど、ライブ活動はバカラックのライブがベースになっています。一番重要なことは、こういうことです。そこに立っているのがオリジナル歌手のディオンヌ・ワーウィックでなくても、彼のメロディーを歌うボーカリストの表現力が素晴らしければ、満足できると思います。つまり彼のステージの主体性は歌手の人気だけではなく作品にあるということ。そういう理念を抱きながら自分の作品を披露するライブを5年以上前から始めました。

GOOD BYE APRILとのコラボが話題に

 そうしたらコロナになって、活動を抑えようかなと思っている時に、シティーポップのブームが期せずして起き、今に至るわけです。過去の作品を聴いていただけるのはありがたいですね。そして、ここにきてGOOD BYE APRILという若いグループとコラボレーションすることもできた。世代の違う若手アーティストから支持されることは作曲家冥利に尽きます。

 彼らが僕のファンだったということは聞いていました。音楽を聴いてみたら、僕がやってきた音楽と遜色ないし、彼らに可能性も感じたので、一緒に作ってみようかということでプロデュース、作曲を受けました。その中の1曲が「BRAND NEW MEMORY」です。

 今はパソコンで曲が完成してしまう時代で、人の手を介さなくても一人で作ることができる。でも、この曲は時代に逆行するように作り仕上げました。自分が感じた彼らのイメージをメロディーにし、それを彼らとともにアレンジし、さらにブラッシュアップして出来上がりました。今の作り方とは根本的に異なる方法でできた作品です。

 最後に。シティーポップについてはいろいろな解釈があります。でも、要素は一つじゃなくていろいろなものが絡まっていると思います。

 ただ、海外の人から見ると、一言、80年代の日本の都会的な音楽というくくりです。シティーポップは海外から起こったブームなので、それがわかりやすいかもしれません。

(聞き手=峯田淳)

◆4月5日 GOOD BYE APRIL「BRAND NEW MEMORY」リリース
◆デビュー50周年記念本「Saudade」発売中
◆林哲司50周年記念SPイベント(6月30日、7月1、2日)
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