「やっぱり本物のジョイスさんがいいね」に安堵したビルボードライブ東京の夜
NHK紅白歌合戦で歌う〈AI美空ひばり〉に賛否両論が巻き起こったのは、コロナ禍直前の2019年末。あれから4年半、あのAIひばりより格段に自然な声の響きで歌もうまいソフトが、今なら1万円ちょっとで買えます。どれほど歌がうまいかというと、〈仮歌さん〉の素性を知らなかったジョイスが、ライブ当日にぼくから真相を聞かされた瞬間、驚いて白目をむいたほど。「どんな人が歌っているの?」と訊かれるたびに、東京で会わせてあげるよと、ぼくははぐらかし続けてきたのだった。彼女は日本語歌詞を憶えるために、デモを聴き込むのに加えて何度も書き取りをくり返していたそう。そこまで耳に馴染んだ歌声の主がAIだと知ったら、そりゃ驚くよなぁ。ぼくのささやかな〈ドッキリ〉は成功したというわけである。ジョイスは「テクノロジー!」と叫んで笑った。
先日、酒場で会った音楽とは無縁の御仁にこの歌声合成ソフトの話をしたら「冷凍食品の加工技術は日進月歩、みたいなもんですか」と忌憚のない感想を聞かせてくれた。返答に詰まっていると、御仁は「失礼なたとえでしたか」と申し訳なさそうな表情をみせる。いや、そうではなくて、と返したぼくは、目の前にあった乾き物を指して言った。いちどビーフジャーキーにした牛肉を生に戻す、くらいの試みです。「そんなもの、おいしく食べられますか?」さあ、どうでしょう。ぼくがお茶を濁したところで話題が変わった。
さて、その日2回行われたジョイスのライブは大盛況だった。「ジョイスさんなら」と父親の関わる仕事をめずらしく観に来たぼくの子どもは、自宅で父親が聴く〈AI仮歌さん〉のデモに耳が慣れている。そんな子たちが「やっぱり本物のジョイスさんがいいね」と満足げなのに深い安堵を覚えたぼくである。