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松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

ジャニーズ性加害問題は組織犯罪。喜多川ひとりを悪魔化して属人的問題に帰することは、巨大な性犯罪の矮小化につながる

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 目前に迫った衆議院選挙について語りたいのだけど、この1週間で旧ジャニーズ児童性加害問題に関して大きな動きがあったので、まずはその話から。

 前回の本連載で、先週水曜(10月16日)にNHK稲葉延雄会長が定例会見で旧ジャニーズ事務所(現スマイルアップ。以下スマイル社)のマネジメント業務などを引き継ぐ「STARTO ENTERTAINMENT」(以下スタート社)所属タレントの番組起用を再開する意向を明らかにしたことへの疑義を呈した。まだ時期尚早と思ったからにほかならない。

 定例会見が行われたその日、2024年度は発売されなかったスタート社所属タレントの公式カレンダーが2年ぶりに復活することが、集英社やマガジンハウスなど複数の出版社のXアカウントなどから同時に発表された。つまり、この1年は「カレンダー利権」の悪評を甘んじて受け容れることでビジネスの牙を隠してきた出版業界も、テレビ最後の砦だったNHKの〈禊終了〉会見にあわせ、一斉に以前のビジネス優先丸出しなスタンスに戻したというわけである。まったく同じ日なんだもの、身も蓋もないやね。

 翌日(17日)発売の週刊文春の名物連載「阿川佐和子のこの人に会いたい」。ゲストに登場した少年隊錦織一清さんの発言は大きな注目を集めた。「僕たちは犯罪者に育てられた子どもたち」はその最たるもので、当代きっての対談の名手である阿川さんの〈聞く力〉おそるべしと感じた方は多かったのでは。

 読み進めながら、思わず「あっ」と声が出てしまった。理由は、錦織さんの発言のなかに突然ぼくの名前が登場したから。「松尾潔さんは適正な発言をされたんじゃないかなぁと僕は思っています」ですと。適正……このたった二文字で十分に伝わる彼の覚悟よ。鳥肌が立った。公の場でぼくの発言を「適正」と認めた初めてのジャニーズ出身現役タレント、それが錦織さんということになる。その覚悟に最大限の敬意を表しつつ、彼につづいて声をあげるタレントやミュージシャンが登場することを切に願う。

 対談をさらに注意深く読み込めば、錦織さんの複雑な思いは“犯罪者”ジャニー喜多川氏のみならず、その姉であり旧ジャニーズ最高権力者だったメリー藤島氏、さらに少年隊の盟友にして現スマイルアップ社長の東山紀之氏へと向けられていることがよくわかる。

 そんな話の流れで、錦織さんがメリー、森光子、東山、そして山下達郎の4氏に言及、彼らのニューヨーク旅行というネタをぶっ込んできたのもかなりの衝撃度だった。達郎さんといえば昨年自身のラジオ番組でジャニー氏やジャニーズ事務所との関係について「自分はあくまで一作曲家、楽曲の提供者」「音楽業界の片隅にいる私」と言いきったことが記憶に新しいが、錦織さんの話しぶりは「片隅」のイメージにそぐわないお大尽旅行を思わせる。となれば、達郎さんと錦織さんのいずれかが虚偽発言をしたことになるが……嘘をついて得するとしたらどっちだ?

 そして日曜(20日)のNHK総合。大河ドラマ光る君へ』放映後の余韻残る21時からの『NHKスペシャル』は、「ジャニー喜多川“アイドル帝国”の実像」と題して、風化が懸念されるこの問題について1時間の特集を組んだ。語るべきポイントはいくつかあるが、なかでも大きなインパクトがあったのは、性被害者である故・中谷良さん(男性4人組グループ『ジャニーズ』の元メンバー)の姉・幸子さんとスマイル社の補償本部長の、電話のやりとりだろう。

 本部長は良さんがジャニー喜多川氏を告発する本を出版したことを徹底的に問題視し、事もあろうに「会社として痛めつけられた」「心の底からお詫びできない」と主張するのだ。「(良さんの)お墓行って、お参りしてくれる?」という幸子さんの提案には「それは東山がするの?」とぞんざいな口調で返す始末。念のために書くが、1947年生まれの良さんの姉である幸子さんは80歳くらいと思われる。そもそも実弟の性被害に関して問い合わせている。その幸子さんにタメ口を使うのだ、本部長殿は。いやあ、驚いた。画面はこのトーンで延々と続く電話のやりとりを映しつづける。スマイル社が賠償金支払いを渋り、謝罪をあからさまに拒む実態を目の当たりにして、ぼくは言葉を失った。本部長の要職に就く者があんな態度だと、補償と救済を訴える被害者サイドは、相当タフなマインドがなければ途中ですべて放りだしたくなるだろう。スマイル社がホームページで発表する「補償内容の合意者数」「補償金の支払者数」といった数字からは、こんな実態は見えなかった。被害者救済にはほど遠いことが可視化されたのが番組最大の功績か。

 全体としては課題も残す内容だったという厳しい声もネットでは散見されるが、会長の定例会見直後の週末というタイミングでの強力な注意喚起、そしてある意味でNHK内部告発という役割も果たしたことは高く評価したい。NHKプラスやNHKオンデマンドで今でも観ることができるので、未見の方はぜひご覧になることをお勧めする。

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