「相棒」芹沢刑事役の山中崇史さんが振り返る俳優人生…地下鉄サリン事件「忘れられない」
「財布を忘れてきた」と思ってアパートに引き返さなかったら…
そんな僕にとっての次の転機は31歳で「相棒」に出たことですが、その前に扉座へ入団した頃の忘れることができない出来事をお話しします。
1995年3月20日。扉座に入ってわずかしか経っていなかった時です。その頃は広尾の風呂なし4畳半のアパートに住んでいました。その日は友だちに浅草で1日1万円もらえるバイトがあると誘われて、日比谷線の広尾駅に向かいました。朝の8時ごろです。
でも、途中で「あれ、財布を忘れてきた」と思ってアパートに引き返すんです。実際はちゃんと確かめず、ないと思って引き返しただけだったのですが。アパートから駅までは歩いて5分くらい。広尾から予定より遅れて地下鉄に乗りました。広尾から乗ると次の駅は六本木ですが、その少し手前で地下鉄が止まったんです。車内放送が流れ、前の電車が何かあったとか、爆発があったとか物騒なことを言っている。
おわかりかと思いますが、それが地下鉄サリン事件です。僕が乗ったのはサリンがまかれた電車の2本後。日比谷線は中目黒、恵比寿、広尾、六本木と止まりますが、サリンがまかれたのは中目黒を7時59分に出た電車でした。もし財布を忘れたと思わなかったら、おそらく最初に僕が乗るはずの電車です。九死に一生を得たというか、まさに命拾いです。今考えてもゾッとします。
それにしても、あの時どうして財布を忘れたと思ったのか。誰かに生かされてるのかな、誰かが僕に引き返せと言ったのかな……そんなふうに考えるしかなかったですね。もしかして亡くなったおばあちゃんが呼んだのかなと。祖母は僕が役者になると言ったら反対した人だけど、すごくかわいがって心配してくれていた。事件に巻き込まれずに済んだのは、祖母が僕を守ってくれたからだと今も思っています。
扉座に入ってからは芸能事務所に入って仕事をした方がいいと思ったので座長の横内に相談しました。すると芸能事務所は星の数ほどある、おまえはきっと騙される、俺が探してやるからちょっと待てと言う。ところが、2年たっても3年たってもその気配がありません。当然、イライラしてストレスがたまりました。
そんな感じで30歳を過ぎまして「ここに行け」と紹介してくれたのが、今では若手の人気俳優がたくさん所属しているトップコートという事務所。そこで最初にいただいた仕事が「相棒」です。それから僕の23年の「相棒」人生が始まりました。
■お約束の杉下右京&亀山対伊丹&芹沢
「相棒」はプレシーズンが3本放送され、2002年から連ドラになり、僕はシーズン1の第1話に出演しました。最初は刑事ではなくスナイパー役です。亀山先輩が警視総監室に立てこもった犯人に人質に取られ、羽交い締めにされている。ヘリコプターに乗ったスナイパーの僕がヘリから身を乗り出してライフルで犯人を狙撃するという役です。まるで、映画でアクションを演じるトム・クルーズみたいでしょ(笑)。実際にヘリコプターを飛ばしましたからね。ああ、映像の俳優はこんなことをやるんだと思いました。あれは楽しかった(笑)。
もっとも、水谷豊さんとの絡みはありません。最初はそれで終わり。まだ豊さんに会っていないし、またスナイパーの役でいいから仕事がこないかなという期待をしたりしてね。そして声をかけていただいたのがシーズン2の第4話。今も演じている芹沢刑事の役をいただきました。伊丹刑事の川原和久さん、三浦刑事の大谷亮介さんと一緒の捜査1課の一人。徐々に僕の出番も増えていきました。
刑事になって、あの水谷豊さんに会った時はもうドキドキして、夢を見ているみたいでしたね。僕の中で水谷豊さんといえば「熱中時代」の北野広大先生。泣きながら見てましたから。「傷だらけの天使」はビデオで見て物まねなんかしていました。カッコよかったじゃないですか。
豊さんは一言でいえば、太陽みたいな人。僕らやスタッフに常に優しくて温かい。意外かもしれないけど変顔したりね、いろいろな話をして周囲を笑わせてくれます。
トップコートを辞めた後は水谷豊さんの事務所にお世話になりました。時代劇の仕事はじめ、映画やいろいろな経験をさせてもらいました。今は別の事務所ですが、ここまでこれたのは豊さんとの出会いのおかげです。
これまでの相棒で鮮明に覚えているのは2つ。一つは初めてセリフを交わす杉下右京こと水谷豊さんと、初めてお会いする津川雅彦さんとの5.5ページにも及ぶ3人だけのシーン。しびれました。ばかじゃないかと思うほど2人になれなれしく話しかける芹沢を恨み、撮影終了後はぐったりして帰りました(シーズン3 第1話)。
もう一つは覆面パトカーで狭く真っ暗な倉庫の中を走り抜けるシーン。車をぶつけるわけにはいかないので集中していると、後部座席から伊丹刑事と三浦刑事がちゃかすように話しかけてきて、思わず「ちょっと黙っててください」と声を荒らげたりして。アクセルを思いっ切り踏んで60キロくらいは出ていると思ったのに、放送を見たら30キロくらいでガッカリ(シーズン5 第11話)。どちらも大変緊張しました。
(聞き手=峯田淳/日刊ゲンダイ)