ピエール瀧のかつての担当医が語る 芸能人もハマる薬物依存の偏見と現実
薬物依存治療第一人者で国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長の松本俊彦医師が「依存症がわかる本」(講談社)を出版。今までの依存症の概念を覆し、話題になっている。ピエール瀧(54)のかつての担当医でもあり、清原和博(54)や高知東生(56)らとともに依存症に関する啓蒙活動も行う松本医師が、今伝えたい依存症のリアルと依存症理解に必要な本当のことについて語った。
■「ピエール瀧さんは依存症には該当しなかった」
2019年、ピエール瀧のコカイン使用による公判で松本医師は、主治医として瀧が依存症ではないことを証言した。
「あえて証言台に立った理由は、瀧さんの場合は自身で薬物使用をコントロールできていて、依存症という診断には該当しない方であり、薬物使用=依存ではないことを伝える必要があると思いました。同時に、健康を守るために作られた法律が皮肉なことに人生をダメにしてしまう傾向があり、犯罪化が社会のスティグマ(差別・偏見)を強めている現状に一石を投じたいという思いがありました」
スティグマとは?
「公判で通院することを公にした結果、いくらフェイントをかけても瀧さんの来院時にはカメラマンが構えており、捜査当局がリークしているとしか考えられないことが多々ありました。厚労省も警察も排除ばかりに目を向けている。しかし、人類と薬物の歴史は数千年にも及び、法と刑罰でコントロールすることを試み始めたのは100年前。それが実効性ある制度として国際社会が協調して動き始めたのがほんの60年前です。その意味では社会によってつくられた歴史の浅い犯罪なのです。日本ではそうした傾向がとりわけ強く、前科がつくと、社会に居場所を失い、その人の才能やキャリアは生かせなくなります。これは大きな社会的損失ではないかという気がしてしまいます」
薬物に出合う前から“生きづらさ”を抱えている人は依存症に陥りやすい
田口淳之介、小嶺麗奈も逮捕後、松本氏のもとで受診したが、薬物に手を出すとはどういうことなのか?
「おふたりがどうであったのかについては話せませんが、薬物との最初の出合い方として最も多いのは、かねて自分が憧れ、その人とのつながりを大切にしたい相手、あるいは、初めて自分の価値を認め、自分を受け入れてくれた相手から誘われるパターンです。でも、ただそれだけで簡単に依存症になるわけではありません。依存症になってしまいやすいのは、薬物と出合う以前から、何らかの“困りごと”や“生きづらさ”を抱えている人です」
薬物依存の理由が他にあるケースも多いそう。
「ADHD(多動性障害)で薬物に依存してしまった人もいます。実はADHDの治療薬と覚醒剤は成分が非常に似ていて、ADHDの人が覚醒剤を使用した場合、通常の場合とは反対に、普段よりも心穏やかになっておとなしくなることがあります。子供の頃から落ち着かないと否定され、非行に走り、結果として違法薬物にたどり着いたわけですが、本当に必要なのは刑罰ではなく、ADHDの治療なのです。しかし、日本では問答無用で犯罪です。最近では大麻の“使用”罪を作るべきという意見など、ますます厳罰化、排除の傾向にあり、国際的な潮流とは逆行しているということも知っていただきたいと思います」
高知東生さんに薬物を勧めたのはお金持ちの“成功者”
「覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか?」以来、日本では依存症を排除する一方。諸外国と真逆で、回復を阻む日本のガラパゴス的環境と薬物の現実について、松本医師は新著「依存症がわかる本」(講談社)や啓蒙活動を通じて警鐘を鳴らしている。
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薬物は一度試したら廃人になるというのは事実ではないという。
「初めて酒を口にした時、おいしいと感じないように、薬物も最初からハイになれるものではないし、依存が起こるわけではありません。ところが、中高生を対象とした薬物乱用防止啓発ポスターのコンクールでは、薬物常習者を幻覚や妄想にとりつかれ狂人のように描いたり、お化けや怪物のように描かれた作品が大人に評価され、優秀賞として受賞したりする。しかし、これは医学的事実と全く異なります。むしろ薬物を使うことだけが玉にキズで、それ以外はとても穏やかでいい人が少なくない。そのような薬物の怖さを啓発される中で、あえて薬物に手を出そうと思うのは日頃から『消えたい』『死にたい』と思っているから。『死ねるならやってみよう』と皮肉にも薬物に強い関心を抱く。ところが、やってみても幻覚もなければ、死ねない。学校で教わっていることは嘘ばっかりだ、とますます大人を信じられなくなります」
啓発活動の講演も現実を歪曲している。
「学校などでダルク(回復施設)の薬物経験者が講演する際、学校側から『なるべく汚い格好で来て欲しい、スーツで来ないで欲しい』と言われる。“身を滅ぼした見本”として来て欲しいのです。話す側は自尊心を傷つけられ、回復を支援する姿勢とは言えません」
実際の薬物常習者は見た目もカッコイイ“成功者”であることも稀ではないという。
「今、啓発活動に従事している俳優の高知東生さんは、著書の中で複雑な家庭環境で地元では苦しい少年時代を過ごし、芸能界でやっと有名になった先の“憧れの世界”に薬物があったと記しています。薬物を勧めたのは見た目もカッコよく、お金持ちの“成功者”。そんな憧れの存在が薬物を勧めてきたら、薬物という“共通の秘密”で絆が深まるとすれば、断る理由が見当たらなくなってしまう。動機としては酒を飲むと腹を割って話せる、喫煙所でたばこを吸いながら親密になれるというのと変わらない。つまり“人とのつながり”が要因です」
1人を刑務所収容すると税金で年400万、回復プログラム通院なら年10万円程度
薬物からの回復について諸外国からは後れを取っている。
「ピエール瀧さんの場合は、ミュージシャン・俳優という仕事柄、徐々に復帰されていますが、スポンサーの意向が強いテレビは難しいのが現状です。欧米では社会とのつながりを保ちながら、通院で回復プログラムを受けるのが一般的ですが、日本は厳罰化に向かい、再犯率が高いまま。さらに大麻所持だけでなく“使用罪”も作ろうという声もある。刑務所に収容すると1人で年間400万円近い税金がかかるといわれていますが、我々の回復プログラムなら通院で年間10万円程度ですから、どちらが社会に有益かと考えていただきたいですね」
SNSのバッシングも排除を加速させている。
「2009年の酒井法子さんが逮捕されたあたりから薬物犯罪に対する世間の見方が厳しくなったように思います。アメリカで経済不況になると黒人や移民に対する差別が激しくなるように、バブル崩壊で不況に陥り、フラストレーションのはけ口としてバッシングが厳しくなっているためで、SNSだけの問題ではないと思います。日本経済も影響する難しい問題です」
コロナ禍の影響で薬物依存も増え、検挙も後を絶たない。
「こういう時だからこそ、我々専門家が依存症に困った人が安心して相談できる場、正しい情報を提供し、みなさんが予防教育に役立てていただければと思います」
(聞き手=岩渕景子/日刊ゲンダイ)
▽松本俊彦(まつもととしひこ) 薬物依存治療第一人者で国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。ピエール瀧(54)のかつての担当医でもあり、清原和博(54)や高知東生(56)らとともに依存症に関する啓蒙活動も行う。