元ドロンズ大島直也さん 脳梗塞以後はミニ四駆のYouTuber
1990年代は過激なバラエティー番組が多かった。海外ヒッチハイクの旅で話題を集めたのは「進め!電波少年」(日本テレビ系)。本日登場の大島直也さん(49)は、南北アメリカ大陸縦断に挑戦してブレークしたお笑いコンビ「ドロンズ」の元メンバーだ。しかし今年1月に脳梗塞で救急搬送された。あれから11カ月。今、どうしているのか?
◇ ◇ ◇
「おかげさまで後遺症もなく普通に生活できてますよ。今も3カ月ごとに検診に行き処方薬を飲んでいますが、少しならお酒もOK。ほんの一部の脳梗塞で済み、それも改善できてるので本当にラッキーでした」
大島さんと会ったのは、神奈川県横浜市都筑区のミニ四駆ショップ「きんぎょ」。今年8月から始めたユーチューブチャンネル「なおヤンのミニ四駆GO!GO!GO!」の収録でお世話になっているのだという。
脳梗塞発症の状況は?
「突然でした。今年の1月30日午前10時前に電車で都心へ向かっていた時です。いつの間にか眠りこけ、乗り換えのターミナル駅で目が覚めたら鼻水がダラーン。慌ててティッシュで拭ったのですが、この時点ですでに脳梗塞が始まっていたようです」
改札を出て携帯電話を座席に置き忘れたことに気がついた。慌てて駅の忘れ物窓口へ向かうも、左目の視界がグワーンと歪み、さらに飲酒していないのに泥酔したかのように千鳥足。
「方向感覚もなく、右往左往しながらようやくたどり着きました。ところが届けられた携帯電話の受け取りサインを書こうとしたら、ミミズが這ってるような字になったんです」
■山手線で4時間爆睡し…
本来はそこで救急車を呼べばよかった。だがこの日、午前と夜8時に待ち合わせがあり、そのまま山手線に乗った。
「座席に座った途端、爆睡ですよ。気がついたら3時すぎ。何周したんでしょうか。その時点で4時間以上乗ってました」
最初の待ち合わせをすっぽかしたため、いったん電車を降りておわびの電話をしようとしたものの、携帯電話のロックを解除するパスワードが思い浮かばない。そこへ待ち合わせをした知人から電話がかかってきたが、ろれつが回らなかったという。
「その方はすごく心配して『病院へ行って下さい』と。でも僕は8時の約束が気になって仕方がない。とにかく現地まで行こうと思って山手線に再乗車したら、またまた爆睡。目が覚めた時は8時半を過ぎており、相手から『(来ないので)帰りますね』とメールが入っていました」
やむなく帰宅。一人暮らしの部屋に倒れ込むように寝ていたところ、電話でやりとりした知人が訪ねてきてくれた。
「彼は命の恩人です。すぐに救急車を呼んでくれたのですから。あのまま寝ていたら、最悪死んでいたり大きな後遺症を抱えていたかも」
担ぎ込まれた病院での診断は初期の脳梗塞。幸い手術をしなくて済んだものの、2月25日まで3週間余りも入院を余儀なくされた。
「直接の原因は不明です。僕は血液をサラサラにするとされる納豆やそばが大好きでよく食べますし、毎日2リットルのミネラルウオーターも飲んでいます。それでも発症するのですから、誰もが『明日は我が身』と思った方がいいですよ」
生きがいは10歳になった息子の成長
改めて身に染みたのが子供の存在だった。大島さんは2008年に結婚し、10年に一人息子に恵まれたが14年に離婚。親権は元妻が持ち、一人暮らしだ。
「今の生きがいって、時々会う10歳になった息子の成長なんです。ミニ四駆のユーチューブを始めたのも、息子がテレビ番組の特集を見て興味を持ち出したのがきっかけです。脳梗塞で“万が一”の事態になっていたら、一緒に遊ぶこともままならないわけですから、生きていることに感謝してますよ」
ミニ四駆は、単3乾電池を動力源としたモーター付き4WD自動車模型だ。
「魅力は、コースに応じてモーターやギア比の設定、タイヤ交換などのチューニングで勝負が左右されるところ。年齢や性差に関係なく楽しめるので、息子と楽しむにはもってこい」
芸能活動は新型コロナにより控えているが、17年に亡くなった実母の介護経験をベースにした介護者支援、そして署名のひとつである花押の日本花押協会広報部長として講演やセミナーなどに携わっている。
(取材・文=高鍬真之)