五木ひろしの光と影<10>平尾昌晃は思いつめた顔の三谷謙に声をかけた
作曲家、平尾昌晃は1970年の晩秋に起きた出来事を比較的、鮮明に記憶していた。
「出場者の音合わせが終わった。それでも、まだ本番まで時間が余っている。『純ちゃん(長沢純)、どこ行ったかなあ』って捜したんだけど、彼は司会だからディレクターと打ち合わせをやっていた。仕方がないからひとりで市民会館の中の小さい喫茶店に入ったの。そしたら、さっきのめちゃくちゃうまい出場者がいるわけよ。ピチッと七三に分けて、スーツをパリッと着てるんだけど、思いつめたような顔をして座っててさあ(笑い)」
座っていたのは三谷謙である。彼が後の五木ひろしとなって、日本の歌謡界に君臨することになろうとは、さすがの平尾昌晃もこの時点では想像もつかなかったに違いない。
すかさず平尾は、「君、さっきリハ見てたよ。うまいねえ」と声をかけた。すると三谷はすっくと立ち上がり、「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
売れない弾き語りの歌手にとって、ロカビリー出身の著名な作曲家に声をかけられ天にも昇る気分だったかもしれない。しかし、平尾昌晃の印象は、また別のものである。