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荒木経惟写真家

1940年、東京生まれ。千葉大工学部卒。電通を経て、72年にフリーの写真家となる。国内外で多数の個展を開催。2008年、オーストリア政府から最高位の「科学・芸術勲章」を叙勲。写真集・著作は550冊以上。近著に傘寿記念の書籍「荒木経惟、写真に生きる。荒木経惟、写真に生きる。 (撮影・野村佐紀子)

<82>端っこしか見えない…ペンタックスのレンズをぶっ壊してさ、それで撮ったんだ

公開日: 更新日:

ネガエロポリス 右眼墓地(1)

 突然、右目が見えなくなったからね、しばらくの間、歩くのもまっすぐ歩けなかったんだよ。あの朝、ヒゲを剃っているときに、パッと見えなくなってね。痛くもなんともないのに。本当に突然だったんだ(荒木は2013年10月、右眼網膜中心動脈閉塞症により右目の視力を失った)。

“クルマド”の作品

 これからは左眼か、そう思ってやった個展が「左眼ノ恋」(2014年、タカ・イシイギャラリー)。写真の右半分を真っ黒に塗り潰したんだよ(連載81に掲載)。で、その「左眼ノ恋」の後にやったのが「ネガエロポリス 右眼墓地」(2015年、ラットホールギャラリー)ね。青山墓地をタクシーの窓から撮ってる“クルマド”だね(車の窓から撮影することを荒木は“クルマド”と呼ぶ)。

オレ自身もこんなふうに端っこだけしか見えない

 日付は8月15日。やっぱりオレの小っちゃな教養のさ、教養つうか仁義でさ、ずーっとまだ終わってないんだよ、8月15日がね。終戦記念日っつうか敗戦っつうか、日本の命日。ペンタックスのレンズをぶっ壊してさ、それで撮ったんだ。ちょうど、その頃、「ニキ・ド・サンファル展」が来てたから、彼女の<射撃絵画>へのオマージュを入れて、オレのコメントは、『彼岸からニキに射殺された私を、タロットガーデンに埋葬してほしい』。(ニキ・ド・サンファル〔1930~2002〕は戦後を代表する美術家のひとり。2015年に国立新美術館で回顧展が開催された。女性をテーマにした「ナナ」シリーズの彫刻で広く知られる。1961年に<射撃絵画>を発表。絵具を入れた袋や缶を石膏でキャンバスに固定し、離れた場所から銃を撃ち、作品を制作。パフォーマンス・アートの先駆けとして高く評価される。イタリアの南トスカーナにあるタロットガーデンは、ニキが20年以上かけて制作・造園したタロットカードをモチーフとする彫刻庭園)。

 カメラを覗いたら、ガーンと銃弾が目に飛び込んだ、というような感覚。で、実際にカメラを覗くとちょうど右目で見る光景とそっくりなんだよ。レンズが肉眼に近づいてきてさ、オレ自身も、こんなふうに端っこだけしか見えないんだよ。全部じゃないんだ。

(構成=内田真由美)

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