悠仁さまの進学先も、紀州のドン・ファン裁判も…メディアの敗北は兵庫県知事選の後も続く
12月11日、悠仁さんが筑波大学に合格したことが発表された。だが、「あれ、東大農学部じゃなかったの」と首をかしげた人も多かったはずだ。
元皇室記者で成城大の森暢平教授は、悠仁さんの「東大志望説」はフェイクニュースだったと難じている(サンデー毎日12月29日号)。最初に東大進学説を唱えたのは悠仁さんがまだ幼稚園児のときの週刊朝日(2012年9月21日号)だった。その後も週刊誌を中心に東大進学説が広まっていったのは、“脱学習院”を教育方針にした秋篠宮家、特に母親の紀子さんなら考えそうなことではないかというメディア側の“予断”があったものと思われる。
夏ごろからネットで悠仁さんの東大進学に反対する署名活動が始まり、1万人以上の署名が集まったといわれる。デマに踊らされたネット民の軽挙妄動に、紀子さんは誕生日会見で、ネット上でのバッシングで心穏やかに過ごすことが難しく悩んでいると、珍しく心の内を吐露した。
東大一直線と信じ込んでいた週刊誌にとって筑波大進学は予期せぬ出来事だった。それは皇室情報に強い女性自身(12月17日号)でさえ、当日、悠仁さんが筑波大の推薦入試を受けているという情報が入り、「本誌が茨城県つくば市に急行すると、大学の門の前には複数のテレビ局のカメラを構えたクルーたちが……」と書いていることからもうかがえる。