スキルス性胃がん 堀江しのぶ 23歳で急逝
<1988年9月>
83年にクラリオンガールコンテストで野田義治が発掘し、イエローキャブ所属の実質的な第1号タレントで、明るい笑顔に90センチのバストと健康的な色気を振りまき人気だった堀江しのぶ。スキルス性胃がんにより23歳の若さで急逝したのは88年9月のこと。
しかし、同年4月のがん発覚直後は堀江に病名を知られないよう、病院側が「ダイエットによる卵巣のう腫」と発表したため、マスコミ報道が混乱する騒ぎも起きた。
週5本のレギュラー番組を抱え大活躍だった堀江が、ドラマ収録後に体調不良を訴え、病院で診察を受けたのは88年4月8日のこと。病名は卵巣のう腫と発表され翌9日に緊急入院、その後、片方の卵巣を摘出する手術が行われた。退院予定は5月の連休明けで、順調に回復すれば6月末に復帰との見通しも出された。
だが、卵巣のう腫というのは、堀江にがんを知られないためのウソだった。入院時、がんはすでに胃から腹部に広がっていた。6リットルの腹水がたまり、がん性腹膜炎も起こしており、手がつけられない状態だった。