<5>市内の一等地にあるドン・ファンの会社「アプリコ」
野崎幸助さんが殺害された2018年5月24日の深夜、私は早貴被告を電話で励ましていた。その時ふと、「結婚3カ月で旦那が死亡とは。まるで小説のようだな」と思った。この時はまだ事態をうまくのみ込めず、この後で本当に小説のような展開になるとは、考えられなかった。
「社長死んだって?」
「そうやで。オレも今さっき自宅に帰ってきたんやが、あっけないもんやのぉ~」
電話の向こうは番頭のマコやんだった。ドン・ファンを取材しに何度も田辺へ行った私に夜の居酒屋まで付き合ってくれたウマの合う間柄である。
「オレは夕方に社長と電話で話をしたよ」
「知っているって。社長は『吉田さんが来てくれる』って喜んで会社に電話してきたんだから。それなのになぁ~」
「まあ、今日行きますからよろしくお願いしますね」
「分かった。気を付けてな」
社長がこの世の中にいない。彼との出会いの数々が脳内を走り回っていた。もう寝ることなんかできない。クローゼットから喪服を取り出してキャリーバッグに詰めだした。