<6>ドン・ファンの会社「アプリコ」の従業員同士の関係は非常に希薄だった
野崎幸助さんの会社「アプリコ」は、朝5時から18時まで、年中無休で営業していた。何百軒もある市内のスナックからの注文も受け付けていたので、電話はひっきりなしにかかってくる。6人の従業員は多忙を極めた。
ただし、一般的な会社と異なり、従業員同士の関係は非常に希薄であった。酒の配達の仕事で、それぞれ勤務時間がバラバラであることも一因であろうが、会社のまとまりというのはなかったし、会社を発展させようと考える者もいない。すべての決定権をドン・ファンが握り、「何を言っても無駄だ」という雰囲気を醸し出していたことも、大きかったように思う。
「うるさい、オレが決めるんだから。嫌なら辞めてもいいですよ」
提言してもそう言われてしまっては、だれもが「面倒なことに巻き込まれたくない」と思うようになる。従業員同士で飲みにいくこともほとんどなく、皆がワンマン社長の顔色をうかがうような会社であった。
早朝から酒の販売のために出掛けていく従業員もいるので、常時デスクにいるのは経理担当で金庫番の佐山さんだけ。彼女は遠慮なく社長に進言するタイプなので、ドン・ファンも苦手だったらしく、彼女の出勤前に自宅に戻り会社で顔を合わせないようにすることも少なくなかった。