冬彦さんから四半世紀 “怪優”佐野史郎が語る役作りの流儀
多面性を内に秘める人物を演じさせたら、これほど光る俳優もいないだろう。佐野史郎、63歳。数多くの監督に指名され、キーとなる人物を演じてきた。NHK大河ドラマ「西郷どん」では井伊直弼に扮する。マザコンの「冬彦さん」で一大ブームを巻き起こしてから四半世紀、近年まれにみる「面白い現場」の作品があったそうで――。
7日に公開される映画「私は絶対許さない」(緑鐵配給)。15歳で集団レイプの被害者となった主人公・葉子のトラウマとその後を、被害者の目線で全編「主観撮影」した。メガホンを取ったのは精神科医の和田秀樹氏。百戦錬磨の俳優は、この作品で主人公の夫を演じた。葉子を自宅に閉じ込め、腹いっぱいになるまで食べさせ、ロリータ趣味のセックスを強要する役だ。
「まるで診察台に招かれたみたいで、ちょっぴり身構える自分がいましてね。難しいシナリオだったので、いつも以上にシナリオを読み込み、現場に臨みました」
それでも撮影中には、予期せぬことがあったという。
「監督が『もう一回やってみましょう。佐野さん、いま、あのドアから入ってきましたよね』とおっしゃった。そのとき僕は一歩も動いていない。同じ場所にいたんです。それでピンときた。あ、そうか、監督の網膜には監督が見たい映像がすでに映っているんだなって。主観での撮影方法だったので、なぜ主観で撮るのかをよく考えて臨みました。
最終的に行きついた僕の解釈が正解かどうかは分からないけれど、実際に起こっていることと見えていることは違うかもしれないのだと腑に落ちた。あり得ないぐらい棒読みのシーンも、葉子の受け止め方と夫の思いとはズレていることを明確にしたかったからです。まあ、そんなことを説明するのもお恥ずかしい話ですが。下手な役者だって受けとっていただいていい。正解なんてないんですから」
劇団シェイクスピア・シアター、状況劇場と10年間劇団に在籍。退団後、86年に映画デビュー。「ずっとあなたが好きだった」(92年、TBS系)の冬彦ブームで受けた取材は200本超。
「誰にも見られたくない、知られたくない、放っておいてくれ、と心身のバランスが崩れたこともあった」と振り返る。ただ、「僕は童話や乱歩の少年探偵団シリーズを読んで、常に夢想している子供でした。俳優は台本に書かれている役柄を実在させるのが仕事。そのためには台本に書かれていない状態を探らなくてはならない。やっていることは物心ついたころから変わっていないのかな」。
考えて、考えて、演じる役と対峙する。“怪演”は一日にしてならずだ。
(小川泰加/日刊ゲンダイ)