「早春」サラリーマンの悲哀で味つけしたある夫婦の危機
1956年 小津安二郎監督
夫婦の危機を描いた作品。
東京・丸ビルの会社に勤める杉山(池部良)は妻の昌子(淡島千景)と結婚8年。通勤仲間の行楽グループに入っている。ある夜、メンバーの千代(岸恵子)と食事し、誘惑に勝てず一夜を共にしてしまう。夫の浮気に気づいた昌子は家を出て女友達のアパートに。そんな中、杉山は会社の要請で岡山の山深い工場に転勤する。ほどなく昌子も到着し、2人は再出発を誓うのだった……。
昌子は夫にかまって欲しいが、朴訥(ぼくとつ)な性格の夫は妻に無関心。こうした夫婦の愛憎劇に、サブのテーマが盛り込まれている。冒頭の2人が起床する場面は夫婦の倦怠(けんたい)感が漂い、東京駅の通勤風景を眺める社員は「まるでサラリーマンの反乱だ」とため息をつく。最初の5分で夫婦関係とサラリーマン生活のむなしさを暗示している。
面白いのは後者。杉山の同期社員は闘病の果てに若くして死亡。派閥争いのあおりで退職しカフェを経営している河合(山村聡)は通夜の席で「彼はサラリーマン生活の嫌な面を見ないで死ねた」「人生に面白いことはないよ」と語る。先輩社員の小野寺(笠智衆)は退職願望を吐露。河合の店の常連客(東野英治郎)は「31年勤めて退職金はわずか」「息子にだけはサラリーマンになって欲しくなかった」と嘆く。杉山が出席した戦友会では男たちが生き残ったことを喜びつつも、どこか寂しげだ。このように夫婦喧嘩をサラリーマンの悲哀で味つけした2層構造によって物語に深みを持たせた。