「流転の王妃」愛新覚羅浩が乗り越えた政略結婚の生き地獄
1960年 田中絹代監督
女優の田中絹代は映画監督としても作品を残した。本作はその一本。満州国皇帝・愛新覚羅溥儀の弟・溥傑に嫁いだ嵯峨侯爵家の娘・浩(ひろ)がモデルだ。先日、DVDが発売された。
1936年、菅原家の娘・竜子(京マチ子)は陸軍から皇帝・溥文の弟の溥哲(船越英二)との縁談を勧められる。傀儡(かいらい)国家・満州国との政略結婚ながら、竜子は溥哲の人柄にひかれて結婚。満州国の首都・新京で暮らすが、関東軍は竜子らを冷遇する。やがて戦局が悪化し、45年8月、ソ連が満州に侵攻。竜子は幼い娘・英生を連れて新京を脱出し、中国人民解放軍に拘束されるのだった……。
前半は日本の皇族のしきたりや中国皇帝の文化を織り交ぜて関東軍が満州国を支配するさまを描く。竜子は良夫を得て幸せだ。後半では竜子たちは人民解放軍の手であちこちに移送される。アヘンに侵された皇后の世話をしながら広大な原野を歩き、時に罪人のように縛られて民衆から罵倒される。生き地獄の連続に、よく日本に帰れたものだと感心してしまう。
嫁入り前の竜子が女性に拝謁する場面。映画は説明不足だが、浩の自伝「流転の王妃の昭和史」によると、この女性は大正天皇妃(のちの貞明皇后)だ。渡満してくる「司宮」の貴人は秩父宮殿下である。人民解放軍司令部に捕らえられた竜子が「悪夢のような通化事件」と語る銃撃戦は46年2月に起きた虐殺事件。劇中で銃殺される人々は日本人だ。