「ラジオから流れる落語を聞きながらだから気が散って…」
馬風は1939年生まれ、生家は千葉県野田市の床屋である。中学生時代から落語が好きで、NHKラジオの演芸番組を夢中で聞いていた。落語家になりたいと思うのは必然である。
「親父に言ったら大反対された。『落語家と相撲取りは修業が大変だ。おまえなんかにつとまるわけがねえ。床屋になれば食いっぱぐれがねえぞ』ってね。それで理容学校に入れられたが、こっちはやる気がないから覚えが悪い。公園にいるホームレスに頼んで、ひげを当たらせてもらう実習があった。連中は長いこと剃ってないからゴワゴワのひげで、蒸しタオルで蒸してもダメだ。シャボンをつけてカミソリ当てたらびくともしねえ。『坊や、カミソリ貸しな』と自分で剃ったのを見て、俺は向いてないと悟ったね。その後インターンとして預けられたのが東陽町の叔父貴の床屋で、一見の客のひげ剃りが役割だ。ラジオから流れる落語を聞きながらやってるから気が散ってる。はずみで客の眉毛片っぽ落としちゃった。人のいい客で黙って帰ったから大事に至らなかったけど、これであきらめがついたね」
落語の「無精床」に出てくる見習の小僧そのものではないか。