「キング・オブ・コメディ」演技派が見せた静かなる狂気
1982年・マーティン・スコセッシ監督
ルパート(ロバート・デ・ニーロ)は大物芸人のジェリー(ジェリー・ルイス)に憧れるコメディアン。ある夜、ファンに揉みくちゃにされたジェリーを助けて自分を売り込み、「事務所に電話しろ」と言われる。さっそくジェリーの事務所を訪ね、門前払いされるルパート。翌日、デモテープを持参するが警備員につまみ出される。
それでも「ジェリーに招待された」と美女のリタ(ダイアン・アボット)を誘って別荘に押しかける。ジェリーは怒り心頭だ。追い返されたルパートはジェリーの熱烈なファンのマーシャ(サンドラ・バーンハード)とともに彼を誘拐するのだった……。
サイコパス男を描いたコメディーだ。ルパートはジェリーの秘書に拒絶されていることを理解できず、自分を特別な存在と思い込む。自室にジェリーの等身大パネルを飾り、彼と自分を演じ分けてしゃべるのは妄想癖ゆえだろう。壁越しに母親が「早く寝なさい」と注意するが、本当に母は実在するのか。「サイコ」のような1人2役ではないか。
ルパートと同類の人物はわれわれの中に存在する。数年前、ある有名作家の講演会の手伝いをしていたら、終了後、勝手にステージの袖に入ってきた中年女性から「先生に会いたい」と言われた。先生は帰ったと断ると、彼女はステージに駆け寄って作家を見つけ、「先生、私の小説読んでくださった? 感想は?」としつこく聞いていた。作家は顔が硬直。女性が一方的に原稿を送り付けたのだった。