「手紙は憶えている」認知症老人のアウシュビッツ復讐の旅
手紙を読みながら殺害の標的に近づくゼブの姿は「地獄の黙示録」のウィラード大尉のようだ。90歳のヨボヨボぶりに「これで本懐成就できるのか」とハラハラし、いつしか物語の謎解きに引き込まれてしまう。響き渡るサイレン、大型犬の咆哮、ワーグナーのピアノ曲、ゼブの射撃の腕前など演出と伏線も細かい。筆者は3回見たが、いずれも面白く鑑賞できた。ラストに工夫がほどこされているため、2回目からは整合性を確かめる楽しみもある。
見どころはラストだが、3人目の男を訪ねる場面もスリリングだ。男は戦後もナチスの信奉者で、室内の壁に「クリスタル・ナハト(水晶の夜事件)」当時のベルリンではためいていた鉤十字の旗を飾り、ナチス親衛隊の腕章がついた軍服をコレクションしている。ギョッとさせられる光景だが、日本でも8月15日に靖国神社に行けば、旧日本軍の恰好で「海ゆかば」を合唱して行進する“皇軍”やドイツ兵の軍服を着た人を見ることができる。旧同盟国の共通点というわけだ。
本作は親衛隊員が正体を隠していた話だが、似たことは実際に起きている。有名なのが「ブリキの太鼓」などで1999年にノーベル文学賞を受賞したドイツ人作家ギュンター・グラス。彼は戦後、国民にナチの過去に向き合うよう呼びかけ、「ドイツの良心」とも呼ばれたが、2006年8月、自分の過去を告白した。17歳だった44年にナチス武装親衛隊に入隊し、45年4月まで所属していたという。この話に世界は仰天した。ポーランドのワレサ元大統領は名誉市民の称号の返上を要求したほどだ。ただしグラスは戦争犯罪には加担しなかったと説明している。
日本では岸信介はA級戦犯ながら総理大臣になったし、731部隊の石井四郎中将は訴追を免れた。戦争犯罪には裏取引があるようだ。
(森田健司/日刊ゲンダイ)