<6>パチンコを向けてきた元気な少年が「さっちん」だった
子どもたちは汗まみれで走り回り、生き生きとしていた
その頃は映画が好きで、よく見てたけど、時代はイタリーのネオリアリズモだったね。ロッセリーニの「無防備都市」だとか、(ヴィットリオ・)デ・シーカの「自転車泥棒」が好きで、たまたまオレんちの三ノ輪の近くにある三河島の古いアパートに行ったときに、なんだよ、これは、デ・シーカだぜ、と思ったんだ。それから、ボレックスをかついで、何度もそこに通いつめてね。手回しのボレックスで撮って、写真も撮った。スチールマンがいないから自分がスチールマンになって、一人二役やって、ボレックスとミノルタを抱えて撮ってた。だから、卒業制作は、ボレックスで撮影した16ミリ映画なんだよね。モノクロの30分ぐらいの映画で、「アパートの子供たち」っていうんだ。
三河島の戦前からのアパート、古くてさ、いいんだよ。戦前にできた鉄筋コンクリートの都営アパートでね。匂いとか汚れとかさ、生きていくことに重要な人間臭さがあるんだよ。
真っ黒に日焼けした元気な少年がオレにパチンコを向けてきてさ、あわててよけたら、笑いころげてさ。タマが入っていないんだよね。それがさっちんだった。ガキ大将でさ、いちばん目立ってた。でも気が弱くてさ、自分みたいなヤツだなーって思ったね。名前が幸夫だから“さっちん”。オレ、ノブちんって呼ばれてたからね。だから、さっちんには偶然に出会ったんだよ。
子どもたちが鼻水をセーターの袖口でこすったのがゴチゴチになったりしてて、自分の子ども時代のようだったね。子どもたちが一日中、汗まみれで走り回ってた。生き生きとしてたね。
(構成=内田真由美)