ADHD抱える能楽師が明かす「俺の家の話」は私の話みたい
「ドラマを見ているうちに、あれは『俺の話』だと思うようになったんです」
こう語るのは、重要無形文化財「能楽」保持者(総合認定)で金剛流最古の職分家である今井家七代目・今井克紀さん(49)。
現在放送中の連続ドラマ「俺の家の話」(TBS系)は、「介護」「プロレス」「能」をうまく絡めた、新しい「ホームドラマ」としても話題となっているが、3月5日放送の第7話では、能の宗家である観山家の長男・寿一(長瀬智也)の息子である秀生(羽村仁成)の親権をめぐって一波乱起きた。
秀生は発達障害を抱えているが、寿一が観山家に戻ったことを契機に能で才能を発揮し、今では寿一と家元である寿三郎(西田敏行)の父子の縁を繋ぐ役割となっている。
そしてそんな秀生を「まるで自分のようだ」と今井さんは言う。
「私も寿一のように、2歳から稽古を始め、3歳で初舞台に立ちました。成長期で背が急激に伸びて腰が安定しなかったり、声変わりで一旦離れたりする場合もありますが、私の場合は一度も能から離れることなく、ここまでずっと続けることができました。寿一と秀生のように私も13歳の時、師でもある父と一番ずつ能を舞った日のことは今でもよく覚えています」
「将来、能楽師になると決めていたので当然父は厳しかったですが、秀生のように私もとにかく能が好きだったのと、周りに期待してもらっていたので、寿一のように反発することもなく、他の道に行こうと思ったこともありませんでした」
小数点の割り算をどれだけ頑張ってもできない
ただ、今井さんは子どもの頃から小数点の割り算の計算だけがどんなに頑張ってもできなかったり、ランドセルをよく忘れたり、「なぜ皆が当たり前にできていることが出来ないのか」と思い悩むことがしばしばあったという。
「でも、能の稽古はすごい集中力でできるし、本番の舞台もミスなくできる。だから実は”ADHD“を抱えていたということに、私も周りも長年、気づかないままだったんです」
そしてそれは、父との関係にも大きな影響を与えた。
「大切な申し合わせ(通し稽古)で、大事な小道具をちゃんとした形で用意するのを忘れていたことがありました。父はこれまで見たこともないほど怒りの表情と感情をあらわにし、その後8年間まともに稽古もつけてもらえず、口も聞いてもらえませんでした。しかし数年前、私が体調を崩したことをきっかけに調べたらADHDだったことが、分かったのです。その時、父が初めて私に『今まで気づいてあげられなくて悪かった』と謝り、親子の縁を結び直すことが出来たんです」
今井さんは、今までADHDだったことを公表してこなかった。なぜ公表に至ったのか?
「ドラマ『俺の家の話』で、能とADHDを知ってくださった方も多いと思います。能は普遍的な題材と人間の心理を表現するもの。さまざまな芸能に影響を与えた、古典芸能でもあり、だからこそ奥深いのです。私はADHDがあったからこそ、大好きな能に思い切りメーターを振り切ることが出来た。生きづらさもありましたが、能という生き生きできる場所があったおかげで生きてこられました。ADHDと能が”与えてくれたもの“はきっと私にしか発信できない。そう思って公表することにしました」
今井さんの「俺の話」は、多くの人の希望になり得るだろう。