<7>小坂憲次さんは生きてれば政府の要職に就いていたでしょうに残念です

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 2004年、談幸に初めて弟子が入る。松幸という前座名を付けた(現・幸之進)。その翌年、談志一門の快楽亭ブラックが、ギャンブル依存症による借金トラブルを起こして立川流を除名された。それにより5人のブラック門下のうちの1人、ブラ房を談幸が預かることになり、吉幸と改名させた。

「吉幸は苦労が多いやつで、私が落語芸術協会に入ってからも苦労するんです」

 それはまた後の話だ。弟子が2人できたこともあり、この頃から談幸に貫禄が出てきた。

 2008年、談幸は初の著作を刊行する。前座時代から真打ちになるまでに体験した談志の逸話を描く「談志狂時代」(うなぎ書房)である。その出版記念パーティーが浅草ビューホテルで開かれ、立川流顧問の私も出席したら、談志と私のテーブルに国会議員の小坂憲次さんがいた。文部科学大臣も務めた3世議員である。

「どうして小坂先生が来てくれたかと言いますと、先生は衆議院議員になる前、日本航空に勤めてまして。当時日航は、海外の在留邦人に落語を聴いてもらう<日航寄席>という催しを世界各国でやっていました。志ん朝師匠なんかは必ずヨーロッパなんですが、うちの師匠は、他の落語家が行きたがらないアフリカや中東、中南米が多かったです。その世話係が小坂先生で、前座の私がお付きで何度か同行したのが縁で、ごひいきしてくださるようになったのです」

どんなことでも見事に解決

 気が利く談幸のことだ。かいがいしく師匠の世話をしたに違いない。それを間近で見ていた小坂さんが、談幸を気に入って、ごひいきになったのだろう。

「発展途上国だとトラブルが多いのですが、小坂先生はどんなことでも見事に解決しちゃう。その処理能力に師匠がいたく感心して、親しくお付き合いするようになったわけです。先生がお父上(小坂善太郎)の跡を継いで、初めて長野1区から立候補した時は、自分から進んで応援演説したくらいでして。『この人は将来、総理大臣になる』とまでほめちぎってました」

 私も小坂さんとお話ししたが、育ちの良さがにじみ出た気さくな方だった。

「それが2016年に70歳で亡くなってしまいました。生きてれば政府の要職に就いていたでしょうに、残念です」  =つづく

(聞き手・吉川潮)

▽立川談幸(たてかわ・だんこう) 1954年、東京生まれ。本名・高田正博。78年、明治大学卒業後、立川談志に入門。前座名「談吉」。82年、二つ目に昇進し「談幸」に改名。83年、落語協会から脱退し、落語立川流が発足。87年、家元である談志の認証により真打ち昇進。2014年、立川流を退会し、15年に落語芸術協会に入会。

■出演情報
浅草演芸ホール 十月上席後半(10月6~10日)
池袋演芸場 十月中席後半(10月16~20日)
浅草演芸ホール 十一月中席後半(11月16~20日)

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