<65>早貴被告は2億円を無心に来た家政婦のドラ子に「可哀想」と同情した
社長は私の言葉に大きくうなずいた。
「でも、自殺するって言っているんだから……」
早貴被告は不服そうな表情を変えなかった。
普段の彼女は他人との調和ということを考えなかった。社長の妻の座は長年勤務していた従業員よりもはるかに上だと思っていたフシがあり、自分が一番大事な「女王様」であった。頭のいい娘なら自らを下に置いて年配の従業員を立てるのだろうが、彼女にはそんな賢さがなかったということだ。
この日は用事を理由に欠席した金庫番の佐山さんは、彼女と同じ空間にいることを嫌がった。月々100万円のお手当を振り込む担当で、「なんで? もったいない」と陰で痛烈に批判していた。お世辞のひとつも言えない早貴被告が、40代半ばの佐山さんにへりくだることがなかったのも摩擦を大きくしたと私は考えていた。
これは大下さんに対しても同じで、自分の母親より年嵩の女性をねぎらうこともなく、スーパーで買ってきたケーキも勧めることもなく1人で食べていた。一緒に暮らす者への気遣いが欠けているとしか思えなかった。