脚本家・山田太一は人間と社会の「実相」を見つめ続けた 名作群は今こそ見るべき
2023年11月29日、脚本家の山田太一が89歳で亡くなった。1970年代から80年代にかけて、倉本聰や向田邦子などと共に「ドラマの黄金時代」を支えた大御所のひとりだ。追悼の意味で、忘れられない山田作品を振り返ってみたい。
■人間ドラマとしての「男たちの旅路」
「男たちの旅路」(NHK、1976~82年)は、ドラマ史上に残る名作のひとつだ。警備会社でガードマンとして働く特攻隊の生き残り、司令補の吉岡晋太郎(鶴田浩二)の印象が今も消えない。
部下である杉本陽平(水谷豊)や島津悦子(桃井かおり)たちとの世代間ギャップ。今を生きる人間同士としての本音のぶつかり合い。それまでのドラマにはなかった視点と緊張感に満ちた物語が展開された。
たとえば、77年放送の「シルバー・シート」。杉本と悦子が担当していたのは空港警備だ。いつも構内で本を読んでいる本木老人(志村喬)を、他のガードマンたちは邪魔者扱いするが、2人は何かと気遣っていた。
ある日、本木がロビーで亡くなってしまう。彼が暮らしていた老人ホームを訪れ、本木の仲間たちと出会う杉本と悦子。だが数日後、その老人たち(笠智衆、殿山泰司、加藤嘉、藤原釜足)が都電を占拠し、立てこもる。
彼らの言い分で浮き彫りになる、「老いた人」を敬わない社会の理不尽とやるせなさ。警備ドラマというジャンルを超え、人間ドラマとしての深みに達したこの作品は、77年度の芸術祭大賞を受賞した。
■テレビ史上の事件「岸辺のアルバム」
「岸辺のアルバム」(TBS系、77年)は、それまでのほんわかとしたホームドラマの概念をがらりと変えてしまった、テレビ史上の事件だ。そこでは、「家族の崩壊と再生」という重いテーマが表現されていた。
八千草薫が演じたのは、ごく普通のサラリーマン家庭の主婦・田島則子だ。貞淑な妻であり、しっかり者の母である則子が、電話を通じて知り合った男(竹脇無我)とラブホテルに入る。良妻賢母役を演じることが多かった八千草だったからこそ、インパクトが尋常ではなかった。主婦と呼ばれる女性たちの“心の揺れ”を見事に見せてくれたのだ。
女としての母、企業人としての父(杉浦直樹)、アメリカ人の恋人に裏切られる長女(中田喜子)、そして傷つきやすい性格の長男(国広富之)。家族は皆、家の中とは違った顔を隠し持っている。それは切なく、また愛すべき顔だ。
最終話では、“家族の象徴”である自宅が大雨で多摩川に流される。濁流にのまれる寸前、彼らが持ち出したのはアルバムだった。ラストでは、下流で見つけた自宅の屋根に4人が乗り、笑い合う。
しかし、そこに「これは3年前の一家で、いまこの4人がどんな幸せにいるか、どんな不幸せを抱えて生きているかは視聴者に委ねる」という趣旨のテロップが入る。見る側に“考える余地”を残したことで、多くの人が共感できる作品となった。