脚本家・山田太一は人間と社会の「実相」を見つめ続けた 名作群は今こそ見るべき
山田ドラマに登場する人物は市井の人たちばかり
■劣等感を生きる青春群像「ふぞろいの林檎たち」
「ふぞろいの林檎たち」(TBS系、83~97年)の主人公、仲手川良雄(中井貴一)は“四流大学”に通う学生だ。友人の岩田健一(時任三郎)や西寺実(柳沢慎吾)と共に「ワンゲル愛好会」をつくり、外部の女子大生に接触しようとする。
有名女子大の水野陽子(手塚理美)、宮本晴江(石原真理子)、谷本綾子(中島唱子)が加入するが、本当の女子大生は綾子だけだ。陽子と晴江は看護学校の生徒であることを隠していた。いつも女子大生より低く扱われることへの反発だった。
このドラマが秀逸だったのは、「劣等感を生きる若者たち」を正面から描いていたことである。学歴や容貌に不安や不満を感じて苦しむ若者たち。たとえば、会社訪問をすれば学歴差別は当たり前で、大学によって控室も違った。
彼らは、今でいうところの「負け組」に分類され、浮上することもなかなか許されない。何より、本人たちが自分の価値を見つけられず、自ら卑下している姿が痛々しかった。
放送された80年代前半、世の中はバブルへと向かう好景気にあった。誰もが簡単に豊かになれそうなムードに満ちていた。しかし、「ふぞろい」な若者たちにとって、欲望は刺激されても、現実は甘くない。その「苦さ」と、きちんと向き合ったのが、このドラマだった。その後、30代になった彼らを描くパート4まで、14年にわたってシリーズが続いた。
■震災と被災者に向き合う「時は立ち止まらない」
「時は立ちどまらない」(テレビ朝日系、2014年)は、東日本大震災をテーマとする、いわゆる震災ドラマだった。ただし山田太一が書く以上、薄っぺらな「絆」や「つながり」、安易な「涙」に満ちた「いい話」にはなっていない。
震災で妻と息子の嫁と結婚を控えた孫を失った老人(橋爪功)が言う。援助される自分は「ありがとうと言うしかない」。だがそんな立場は「俺のせいか?」とも思う。「他人の世話になるのが嫌なんだ」という告白も飛び出す。そこにあるのは支援される側の“心の負担”の問題だ。
また被災地に暮らしながら、家も家族も無事だった男(中井貴一)は、何も失っていないことに“罪悪感”を抱いている。「不公平だ」とさえ言い、「自分の無事が後ろめたいんです」と悩んでいる。さらに、支援する側の「そうそう他人の身になれるか」という“反発心”も、山田は見逃していない。
震災から3年。復興には程遠い状況にもかかわらず、被災地以外の世間では、すでに風化の兆しさえ見え始めていた。そんな中で、山田は「相反する思い」が同居する当事者たちの心情を、巧みなストーリーとセリフで描いていく。本当の意味での「絆」を問いかけた問題作だ。
山田ドラマに登場する人物は、いずれも市井の人たちだ。彼らの喜び、悲しみや痛み、そしてずるさや邪心も丁寧にすくい上げていた。その日常の中から静かに浮上してくるのは、人間と社会の普遍的な「実相」だった。