艶やかな「地獄門」故・京マチ子さんが演じる悲しき献身愛
本作の盛遠は無法のストーカーだ。袈裟はその征服欲を恐れて夫の身代わりになる覚悟を決めた。この選択について「夫に頼んで盛遠を斬り捨てればよかった」との声が聞かれるが、それでは袈裟の心情を理解できない。伏線があるのだ。
注目は冒頭で袈裟が上西門院の身代わりを買って出たこと。敬慕する人物に命がけで尽くすのが彼女の生き方なのだ。
もうひとつ。もし渡が盛遠を成敗したら、単なるストーカー男の撃退ではなく、武家と武家の争いに発展するかもしれない。そのとき清盛が盛遠をかばえば渡は不利になる。袈裟は無益な闘争を避けるために、渡の寝顔に「おすこやかに」と別れを告げ、我が身を犠牲にしたのだと解釈したい。女性の立場が弱い時代だった。
袈裟の献身愛と盛遠の豹変に、66年前の欧米人はどんな哲学を見いだしたのだろうか。 (森田健司)