第15回日本アカデミー賞最優秀作品賞「息子」は父親の物語
哲夫は都会の片隅で、かよわい征子を支えて生きるつもりだ。決意は固い。不甲斐ない息子はいつの間にか優しくたくましい男になっていた。我が子の成長を知った父は喜びで寝つけない。夜中に息子を起こし、ねじり鉢巻きで「お富さん」を歌う。「あの子を岩手に呼んでお披露目せねばならんなぁ」という父は宝石のような嫁を近所に自慢したいのだろう。その一方でハンディのある女性を伴侶に選んだ我が子を誇らしく思ってもいるはずだ。
征子と連絡をとるために父はファクシミリを持って岩手に戻り、近所の者に「幸せだ」と言う。雪に覆われた一人住まいの家に明かりがともるラストは、間もなく訪れる征子のお披露目の宴を暗示していると解釈してもいい。
長男の妻に「人知れず死んでもかまわない」と言いきった父は、征子が孫を産んだら面倒を見なければならないと笑う。生きる張り合いを得た父はまだまだ死ぬわけにはいかない。
(森田健司/日刊ゲンダイ)