<2>阿佐田少年は東京・市谷でB29の大空襲にあった
率直に言うが、阿佐田哲也と麻雀を素材に、この連載コラムを引き受けたが、彼を書くことは時代も書くことになると感じている。話が麻雀を離れても、お許しいただきたい。
「麻雀放浪記」の書き出しは、東京の道路を掘れば“ドス黒い焼土”が現れるという描写から始まる。昭和20年の3月10日、4月13日、5月25日の3回、アメリカB29編隊の焼夷弾攻撃で、東京の街は灰燼に帰する。
3月の大空襲は、とくに酷かった。当時、千葉市に住んでいた私は、海岸へ出て、空の半分が赤く燃えている様子を見ている。
東京・市谷にいた阿佐田さんは、業火の中を逃げ惑ったはず。この日が、軍国主義で塗り固めた、当時の価値観を崩壊させた。
学校は焼かれ、類焼を免れても、先生は兵役、登校する児童はパラパラ。学校だけではない。ヒエラルキーが消滅、人は自らの執念に縋って生きようとし、敗戦を迎える。
「麻雀放浪記」は荒くれた時代背景があって成立する世界なのだ。
阿佐田さんが、旧制中学を卒業していないのは事実だが、戦時体制が崩れ、そのまま学校に通わなくなったのが、本当のところだと思う。